タグ:昭和の建築 ( 50 ) タグの人気記事

消防旧高砂分署

地域の消防署として利用された建物を展示施設に
旧高砂町時代に高砂消防会館として建てられ、約80年間地域の消防拠点として利用された建物は老朽化していた。これを改修保存して建築当初の姿に近づけた。県の歴史的景観地区にあり、今年(2016)4月から消防の歴史を伝える展示施設として土日は開放されている。
元車庫であった所には大正時代の手動消化ポンプが展示され、左手の平屋部分にはかってあった「旧南本町巡査派出所」の表札がかけられた。
この派出所はアールデコを意識した、ギザギザのモダンな意匠が斬新だったと思う。

所在地:高砂市高砂町南本町
建築年:1935年(昭和10)
構 造:鉄筋コンクリート造2階建
設 計:

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№345



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by gigi-yo-ko | 2016-11-09 12:00 | 兵庫県

鐘淵紡績高砂工場の迎賓館として建てられた
明治11年創業の鐘淵紡績が社内外のゲストの接待や宿泊用に建設された建物。高砂は鐘紡と三菱製紙で大きく発展した街であるが、鐘紡は繊維不況の昭和期に撤退した。鐘紡の化学部門を引継いだ(株)カネカが後を運営している。海を埋め立てた広大な工場群はすべてカネカの工場である。
現在この建物は(株)カネカの社員の福利厚生施設として使われているので、内部は非公開。半円形に突き出たの2か所の階段室が特徴で大きなステンドグラスが目を引く。横に長く左右に2棟ある建物を中央で繋いだような形になって入口もそれぞれにある。おそらく用途分けして使われていたのだろう。建物の「出汐館」の名称は謡曲「高砂」の一部から引用されている。

所在地:高砂市西畑1
建築年:1999年(昭和11)
構 造:鉄筋コンクリート2階建て  
設 計:

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高砂には年に一度9月に歴史的建造物をライトアップするイベントがある。



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左側には寄棟瓦屋根の玄関ポーチがあり、右側にはモダンなアールデコ風のポーチを持つ入口がある。



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№336




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by gigi-yo-ko | 2016-11-06 12:00 | 兵庫県

武田道修町ビル(再訪)

製薬会社が軒を連ねる道修町にひと際目立つ存在
江戸時代から日本を流通するすべての薬はまず道修町(どしょうまち)に集められた。武田薬品工業は薬の町として発展した道修町で1781年に薬種仲買商を始め、1925年に武田長兵衛商店を設立、3年後にこの本社を建てた。正面部分に古典風の柱装飾をさりげなく取り入れたモダンビルは最初は右側(北西部分)の3階建てであったが、後に5階に増築されて現在の姿になった。全然増築部分が違和感なくまとめられているが、よく見ると軒飾りの違いに気付く。窓は階毎に全部デザインを変えてある。外壁のタイルは色が少しづづ違うのも今ではもう無くなってしまった味わい。
2013年耐震補強工事を終えて、武田科学振興財団が所有する杏雨書屋(きょううしょおく)が移転してきた。貴重な医学書などの蔵書を無料で一般公開されている。

所在地:大阪市中央区道修町2-3-6
建築年:1923年(昭和3)
構 造:鉄筋コンクリート造3階建、地下1階(後に5階に増築)
設 計:片岡建築事務所(松室重光)

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北側が建物の正面




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向って左側が増築だと知らなかった時は左右非対称のモダンな建物だ思っていたが、もしかしたらここが中央で最初の玄関だったのかもしれないと思ったりする。そうならシンメトリーの古典的な印象の建物だったはず。それにしても丁寧でうまい増築だと思う。大切にされている建物であることがよく解る。


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アールの左側が後年の増築部分




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今回整備された「杏雨書屋」(きゅううしょおく)の入り口:杏雨とは杏林(医学界)を潤す雨という意味だそう。


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西側:奥まった部分が後の増築


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№2





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by gigi-yo-ko | 2016-10-26 12:00 | 大阪府

地元の竜山石や御影石が使われた元銀行建築
現在は商工会議所として使われているが、かつて工業都市として大きく発展し続けた高砂経済の中心的存在であった旧高砂銀行の本店として建てられた。
当時の銀行建築の典型的なスタイルであるが、地方銀行の店舗としては非常に豪華な造りであった。現在外観は綺麗に塗装されてわかりにくくなってしまったが基壇の部分には地元の竜山石が使われているとか。
内部は2階の天井に当時の様子が残されている。この装飾のも豪華で、当初は吹き抜けの天井を1階から見上げていたと思われる。

所在地:高砂市高砂町北本町1104
建築年:1937年(昭和12)
構  造:鉄筋コンクリート造
設  計:
兵庫県景観形成重要造形物


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№333






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by gigi-yo-ko | 2016-10-16 12:00 | 兵庫県

JR桜井線畝傍(うねび)駅は橿原神宮の最寄駅
初代天皇とされる神武天皇を祀る橿原神宮の最寄駅が畝傍駅であった。
かつては皇族方はこの駅でお召列車を降り、一時休憩されて車で参拝に向かわれたので、専用の貴賓室が設けらた。
この辺りの民家である大和棟といわれる屋根の面影を残した木造の駅舎の右側には専用の玄関があり、内部はほとんど当時のまま残されている。外観は和風の造りであるが、やはり皇室関係は洋風が意識された和洋折衷の内装になっている。近年は近鉄電車を使われるようになり、皇族の来訪が無くなり久しい今は無人駅で1日の乗車数400人程でひっそりとしている。普段この貴賓室は閉鎖されているが、年一回の一般公開がある。(貴賓室が造られた駅は全国でも20カ所程で稀少な駅の一つであった)

所在地:奈良市八木町
建築年:1940年(昭和15)
構  造:木造平屋建
設  計:

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左側が一般向けの駅舎、改修時に変ったようだが、勾配の違う二段の屋根に大和棟の面影が残る。右側は貴賓室。


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両側へ引き分けて広い開口を持つ専用の玄関。


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貴賓室は全体で100㎡程の広さがあり、玄関を入ると広い廊下があり、一番奥にホームへの出口があった。
右側に控えの間と洗面所、トイレそして一番奥が30㎡程の主室。この写真は廊下の天井。


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廊下の壁:和の造りではあるが、腰壁、ドアなど洋風を取り入れてある。


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控え室の天井:壁面の写真がないのは掲示物が多くて撮れなかった。


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ゆっくり休憩される雰囲気の設えではないように見えるが、応接セットがあればまた違うのかなと思う。


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曲線を用いた折り上げ格天井に格式を感じる。元からあったシャンデリアは交通科学博物館に保管され、
応接セットは神戸駅に保管されているらしい。


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現在塞がれているが、貴賓室の廊下からホームへの出口であった。正面に専用の階段がある。


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おそらく同じ頃の手摺りではないかと思う。アールデコ風のお洒落なデザイン。
今なお木造の駅舎と云う事で鉄道マニアにもよく知られているらしい。





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by gigi-yo-ko | 2016-08-21 12:00 | 奈良県

宝型屋根に相隣の塔屋を持つ折衷様式の校舎
明治29年創立の奈良尋常中学校畝傍分校として高市郡八木町に設置された歴史のある学校で、明治32年には旧畝傍中学校と改められ、昭和8年(1933)当地に移転した。この時に建設された北館と南館二棟からなるエの字型の大規模な建物。
本瓦屋根が並んだパラペットに、宝型屋根、相輪を載せ一見寺院のように見えるが、細部を順に見てゆくと整然と並んだ縦長窓、窓下にはタイルが使われ、全体の意匠は洋風建築の基本とも云われる三層構成である。
「洋館に和風の屋根を載せた」帝冠様式と云われるものと似てはいるが、国粋主義や、日本的表現という意識ではなく、和洋を巧みに取り入れた日本風折衷様式といえる。
正面である北館は堂々とした寺院風であり、渡り廊下で繋がれた南館は切り妻屋根を持ち、正面を引き立てるべく、少し控え目な民家風。建築時期がセセッションの流行期であり、設計者・岩崎平太郎は武田五一(セセッションの導入者)の弟子でもあった事からセセッション風の幾何学装飾も上手く使われている。

所在地:橿原市八木町3-13-2
建築年:1933年(昭和8年)
構  造:鉄筋コンクリート造3階建
設  計:奈良県土木営繕課技手 岩崎平太郎(古社寺の修復の仕事に携わっていた事から和の伝統建築に詳しい)
国登録有形文化財(北館、南館、渡り廊下、倉庫)

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奈良は空襲を免れたと一般には云われているが、第二次世界大戦の末期には空襲があり、学徒疎開もあった。この校舎は機銃掃射で銃撃を受け、玄関左上の壁にぽつぽつと模様のように見えるのは弾痕の補修跡。戦後十数年間はその痛々しい痕跡を生徒達に見せていた。
私も奈良と京都は空襲がなかったという一般論を漠然と信じていたので、こうして目の前で弾痕の補修跡を見ると・・・目が覚めるような衝撃だった。(学校で保管されている補修前の写真も見せて頂いた。)


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後で改修された物であるがアールデコ風の庇。


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明治39年に制定された「校訓」を現在まで引き継がれている。



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校長室には天皇の御真影と教育勅語を保管していた金庫「奉案庫」が現存する。


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奈良県が実施した公立高校耐震診断では「A1」を取得。廊下を見ると柱が多くていかにも頑丈そう。
「A1」は耐震工事の必要性がないということだが、都度毎に手を入れているそうだ。


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黒板は最初からのものを手入れしながら使っている。廊下の腰壁と意匠が揃えられているが、めずらしい横貼りの腰壁。


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北館の屋上から南館を見る。


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南館の南面。

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飾り窓の内側

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鉄筋校舎と同じ頃に建てられたと思われる木造もやはり和洋折衷様式。



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1986年(昭和61)に復元新築された資料庫。元は校舎の東側にあった大正5年の御大典(即位の礼)記念図書閲覧室。
現在は校舎の西側。


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by gigi-yo-ko | 2016-08-14 12:00 | 奈良県

アレンジした雷文風の柱頭が印象的
旧六十八銀行は明治11年に旧郡山藩主柳沢保申によって設立された国立銀行が前身。後に法人化、合併により南都銀行となり、戦後の一時期は映画館として使われ、昭和38年以降は和歌山銀行として使われた。
銀行の用途を終えた建物は、非日常の贅沢な空間を生かして結婚式場・フランス料理店とし現在使われている。曳家により後へ数メートル移動して改修工事が行われた。
銀行建築らしく重厚で左右対称形の建物であるが、古典様式を基本にしながらも、昭和初期らしくモダンに整理してアレンジしてある。印象的なのはギリシャのイオニア式風の柱頭飾りは四角い渦巻きで雷文風、日本式に言うと「卍崩し」のデザイン。入口廻りにはタイルと石が組合わせてあり、要石(かなめいし)風の装飾も直線で構成されている。内部は店舗用に改修されているが、ベランダ(回廊)の手摺りなどは幾何学的デザインで、当時の流行が取入れられている。

所在地:橿原市八木町1-2-13
建築年:1928年(昭和3)
構  造:鉄筋コンクリート造2階建
設  計:奈良県技師 舟橋俊一
国登録有形文化財

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奈良県で最初の有形文化財であり、県内現存最古の鉄筋コンクリート造。


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柱の中程にも柱頭飾りと同じ四角い渦巻(雷文)が巻かれている。そしてこの部分に銅が使われているのアクセントになっている。


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手摺りの上の部分(円が3つずつ並んだ)は改修時に付加されたもの。


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この部分が元々の手摺り。どんな色だったのだろう。



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金庫のドアの向こうは厨房


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手前の石の腰壁部分までが客溜り(ロビー)で、奥が営業室だったことが解る。









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by gigi-yo-ko | 2016-08-07 12:00 | 奈良県

名古屋市役所本庁舎

名古屋城との調和を図った帝冠様式の庁舎
近代的なビルに和風の瓦屋根をのせた日本趣味のビル。中央時計塔の二層屋根の頂部には四方に鯱(しゃちほこ)が睨みを利かせている。外壁は当地特産のタイル駆使した独創的な意匠。
当庁舎は昭和天皇御大典事業として1933年(昭和8)に竣工した3代目の庁舎。デザインは一般公募により559通の応募作品から地元出身の平林金吾の案が採用された。
訪れた日が土曜日であいにく館内は見学できなかったが、内部の意匠も名古屋城本丸御殿を念頭にしてあり御殿の華麗さの生き写しと云われているそうだ。ぜひ平日に再度訪れたいと思う。

所在地:名古屋市中区三の丸1-1
竣 工:1933年(昭和8)
構  造:鉄筋コンクリート造5階建・地下1階 塔屋部分11階
設  計:平林金吾
国重要文化財

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時計塔の屋根を拡大して見ると鯱(しゃちほこ)が見える。






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by gigi-yo-ko | 2016-06-17 12:00 | 愛知県

大井牛肉店 [明治村]

神戸の牛肉店が明治村で営業中
横浜、長崎についで、1867年(慶応3)神戸が開港した。外国人居留地には外国人向けの住宅が次々と建てられ、外国人相手の商売が興った。入港する外国船や神戸に暮らす外国人に牛肉を納める者達も出てきた。その一人岸田伊之助が牛肉の販売と牛鍋の店として建てた店舗。
外国人の商館が建ち並ぶ新しい街ふさわしい洋風の建物で、ギリシャ・ローマ建築様式のコリント式の柱、2階ベランダにはルネサンス期に流行したとっくり型手摺子、半円アーチ窓などが西洋館らしい華やかさを演出している。が・・・玄関の庇は和風でむくり破風、今にも飛び立ちそうな鶴が飾られているのがほほえましい。工法も従来からの和式の技法で建てられている。
これまで日本では、獣の肉は嫌われていたが、牛肉を食べることは、文明開化時代の食生活として、またたくまに全国にひろがったといわれる。(大井牛肉店は神戸元町本店をはじめ数店舗で現在も営業されている。)以上は博物館明治村HPなどを参考

所在地:犬山市内山1番地博物館明治村1丁目1番地2  (旧所在地:神戸市生田区元町7丁目20番地)
建築年:1887年(明治20)頃
構  造:木造2階建
設  計:

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どう見ても柱が短くてバランスが悪い。 牛鍋の箸袋の解説には、外国人の商館をかたどった洋風建築と書いてあるが、同じ頃の建築でやはり神戸の外国人商館をモデルに建てられたという辰馬喜十郎邸(西宮市に現存)とどことは無く似ている。


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最近見た事がないほどの急勾配の階段を上がると、2階に板張りの洋間が4つあり、ここで牛鍋(すき焼き)をいただく。


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洋間ではあるが、もちろん椅子ではなく座布団を敷いて床に座って。
・・・これがおいしい!・・・

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by gigi-yo-ko | 2016-06-12 12:00 | 兵庫県

カトリック伏見教会

スパニッシュスタイルで温かみのある教会
聖母女学院に隣接してカトリック伏見教会がある。(すぐ隣であるが関連の施設ではない)
塔と玄関に並ぶ4本柱のが古典的な印象であるが建築時期は昭和26年で戦後の建物である。設計者は不詳であるが、アメリカ人の神父さんがデザインしたとも伝えられている。
小ぶりではあるが、内外共に温かみのある建物で穏やかな空気に包まれている。

所在地:京都市伏見区深草直違橋5-312
建築年:1951年(昭和26)
構  造:
設  計:

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05fushimi玄関に対して右手の入り口

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by gigi-yo-ko | 2016-05-11 12:09 | 京都府