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古都奈良の景観との調和を考えた近代建築
奈良公園に似合わないと不評だったというネオバロック風の国際博物館の近くに、これとは対象的な和風建築がある。もとは奈良県物産陳列所として建設されたもので、西洋建築を修めた日本人建築家による最初の和風建築とされている。
外観を見てゆくと、入母屋造りの正面には唐破風の車寄せと玄関。細部の造りは舟肘木(ふなひじき)、人字型割束(にんじけいわりづか)、虹梁(こうりょう)、蟇股(かえるまた)と飛鳥時代から奈良時代の日本の伝統的な建築様式が取入れられている。ところが窓に目を移すと八弁花の丸窓やイスラム風の飾り窓、縦長の上げ下げ窓。この建物は一見和風建築であるが、小屋組み(屋根の造り方)はクイーンポストトラスで木造西洋建築の工法が取られている。内部は柱の見えない大壁造りで、外観よりもずっと西洋館である。
設計者・関野貞(せきのただし)は大学在学中から、宇治の平等院鳳凰堂(10円玉でおなじみ)に長く関心を持ち、調査を続けていた。これを意識してデザインしたと考えられているが、単なる写しではなく、西洋建築の要素を取り入れつつ、和風建築の要素を生かしたバランスの良い感覚は日本建築史家であり、西洋建築を修めた関野の力量だといえる。
この建物は仏教美術の図書館として、週2回開館するが、この日は基本的に建物の公開ではないし、敷地内部からの写真撮影もできない。以下の写真は敷地の外から写したもの。
館内の中央吹き抜け部分は「関野ホール」として、建物について詳しい説明パネルが設置されている。過去に不定期で数回一般公開がされたが、今後の公開予定などは決まっていないそうだ。

所在地:奈良市登大路町50
建築年:1905年(明治35) 
    昭和59年~63年:仏教美術研究センターとして活用するための保存修理が行われ一部当初の様子に復原された。
構  造:木造2階建
設  計:関野貞
国重要文化財

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正面の車寄せ:唐破風の屋根の下に見えるのが本蟇股、虹梁だと思うが、私には初めての言葉ばかりで、
現地で買った解説書を頼りに。



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中央楼 太瓶束 笈型


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中央楼・上層窓 東洋と西洋の接点と云われるイスラム風の装飾窓


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東楼 太瓶束 笈型



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屋根下、梁の下に見えるのは舟肘木、高欄の下に見えるのが人字型割束




館内で購入した参考図書
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奈良国立博物館・仏教美術研究センターの耐震補強改修工事の完了を記念して、建物の歴史などを詳しく
紹介する冊子が発行された。











by gigi-yo-ko | 2016-07-31 12:00 | 奈良県

名古屋の近代化を象徴する美しい庁舎建築
中央にドーム屋根を持ち、赤煉瓦と白い花崗岩の色調が重厚で華やかなネオバロック様式の建物。
大日本帝国憲法が公布された翌年、明治23年に近代司法制度が確立され、各地に新しい裁判所庁舎が建築されるようになった。この建物は名古屋に於いて、控訴院と地方裁判所、区裁判所の三庁舎を一カ所に集めることになり新しく建設された。構造は壁を煉瓦で組み、床、梁、階段などを鉄筋コンクリート造、屋根の骨組は木で造られている。このように煉瓦とコンクリートを併用した構造は近代建築が移り変って行く一時期特有のもので、この視点でも重要とされている。なお現存する控訴院の建物では当館が最古。
1922年(大正11)に竣工して1979年(昭和54)中区三の丸に新庁舎ができて移転するまで中部地方の司法の中心的役割を担ってきた。
1985年(昭和60)から1989年(平成元年)には、保存修理、復原工事が行われて現在市政資料館として、活用しながら一般公開されている。復原方針については現在の用途を生かしながらも可能な限り建築当初の姿に戻された。今回は時間的に見学ができなかったが、3階には重要文化財の内装指定を受けた会議室や、1階には留置所、便所など見どころが多いようだ。 (以上は平成23年度名古屋市政資料館年法を参考)

所在地:名古屋市東区白壁1-3(名城公園内)
竣 工:1922年(大正11)
構  造:煉瓦造及び鉄筋コンクリート造3階建、一部塔屋付
設  計:司法省営繕課(山下啓次郎・金刺森太郎)
山下啓次郎はジャズピアニスト山下洋輔の祖父にあたり、奈良少年刑務所など全国各地に刑務所を設計した人として知られている。
国登録重要文化財

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この上のドーム天井にもステンドグラスが入り、美しい空間となっている。
モチーフである天秤の図案は罪と罰が吊り合う事を意味している。



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by gigi-yo-ko | 2016-07-24 12:00 | 愛知県

名和昆虫博物館

全体を直線で構成したモダンな意匠、玄関は歴史建築回顧風
昆虫学者・名和靖の還暦を記念して県人・林武平氏の寄付により建てられた、白いタイルを貼った煉瓦造の建物。内部中央にある3本の巨木丸柱は奈良唐招提寺金堂と講堂を解体修理時に出た白蟻被害木(約1200年前のヒノキ材)を譲り受けて、防蟻処理の上再利用している。初代館長名和靖の白蟻研究の一環として被害木を利用しつつ保存している。また積極的に西洋の新しい建築の動きを取り入れる一方で、日本の茶室、社寺保存修理にも力を入れていた武田五一ならではの考えも反映されている。なお隣接する記念昆虫館(明治40年竣工)の中には六角堂も残されていると聞く。
現存する最古の昆虫博物館として、現在5代目の館長によって運営される私立博物館である。

所在地:岐阜市大宮町2-18岐阜公園内
竣 工:1918年(大正8)
構  造:煉瓦造2階建
設  計:武田五一(実施設計は武田五一の教え子・吉武東里)
国登録有形文化財
都市景観重要建築物(岐阜市)


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妻面の左右非対称のデザインに見入ってしまう。


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覆輪目地(かまぼこ型にもりあがった手間のかかる目地)が使われている。


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2階の床を支えている中央の丸柱は明治38年、奈良唐招提寺金堂の解体修理時に取り出された物。


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by gigi-yo-ko | 2016-07-13 12:00 | 愛知県

赤い三角屋根にドーマ窓、メルヘンのような洋館
名和昆虫研究所はギフチョウの発見者で日本のファーブルと呼ばれた昆虫学者・名和靖によって、明治29年に開設され、その後岐阜公園内に移転して現在まで引き継がれている。
記念昆虫館は大阪朝日新聞紙上で寄付を募り名和の志に賛同した、多くの人の寄付により明治40年に竣工した。設計者は当時ヨーロッパから帰国したばかりの新進建築家であった武田五一であるが、実はこれ以前に二人は出会っている。少年時代に岐阜市に暮らした武田五一は、華陽学校に通って名和靖の教えを受けていた。高校生の頃武田五一は生物学者志望だったというので、子供の頃の夢を「かたち」にした建物であるともいえる。
標本収納庫として建てられたが、隣接する博物館がまだ無かった頃は展示室も兼ねていた。所蔵する昆虫標本は1200種、30万頭。(昆虫は何頭と数える事を始めて知った。)
現在は内部は公開されていないが、木造と煉瓦風タイル(常滑焼)を組合わせた外観は新緑に囲まれて趣がある。

所在地:岐阜市大宮町2-18岐阜公園内
竣 工:1907年(明治40)
構  造:木造2階建
設  計:武田五一
岐阜市重要文化財

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蝶が彫られた棟飾り。


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屋根窓と壁の窓が同一面で繋がったように見える。中からはこの窓がどう見えるのか興味深い。



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随分湿気がきついのが気がかり。何とかならないものか・・・。


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昆虫碑は隣接して昆虫博物館を建てた大正6年に建立された。


№322









by gigi-yo-ko | 2016-07-10 12:00 | 愛知県

中世ヨーロッパを思うロマネスク様式の教会堂
明治6年、鎖国以来200年以上続いたキリスト教の禁止令が解かれ、各地に教会堂が建てられた。この教会は明治40年京都の河原町通りに建てらた旧京都五条教会。2階が会堂、1階は日曜学校や幼稚園に使われていた。十字平面を持ちロマネスク様式を基調にした古典的な教会は尖頭アーチなど、ゴシック様式の特徴も見える。
設計はハーバード大学で建築を学んだアメリカ人ガーディナーによるもの。明治13年に来日したガーディナーは立教大学の学長として教育、宣教に当たる一方では、建築家としても立教大学の校舎、青山学院ヘボン館、京都には長楽館などの作品を残している。

所在地:犬山市内山1番地博物館明治村1丁目6番地  旧所在地:京都市下京区河原町通五条
建築年:1907年(明治40)
構  造:1階・煉瓦造 2階・木造
設  計:ガーディナー
国重要文化財


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屋根に軽い金属板が使われているのは、日本に多い地震への配慮と考えられる。


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屋根を支える構造がそのまま美しい装飾のように見える。


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天井には蒸し暑い京都の気候を考えて竹を使っている。また勾配のある竹の天井は縦横に光を反射して館内を明るくしている。

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№321











by gigi-yo-ko | 2016-07-06 12:00 | 京都府

神戸で最初期の洋風建築が解体へ
子供服メーカーのファミリアが所有して展示会やコンサート会場などに使っていた、明治時代の洋風建築が売却され、この(2016年)7月中頃から解体工事が始まるという。跡地はタワーマンションが建設され、外観の一部を復元保存の検討がされているとか。
元銀行(三菱合資会社銀行部の中核)として建設されたこの建物はルネサンス様式が特徴で、石積みの重厚な外観は悠然としている。写真などを見て想像していたよりずっとスケールが大きい。神戸での本格的な洋風建築の先駆け的存在でもあり神戸市の景観形成建築物に指定されている。設計者・曽禰達蔵の現存最古の建物でもある。今回が内部を見学できる最後の機会だと知り、数十年ぶりにJR神戸駅で降りた。
神戸新聞NEXT 掲載の川島先生(京都華頂大教授)の話によると、ホールは居留地返還直後の完成で、全国でも有数の格調高い建物だ。港街の神戸が東京、大阪に次ぐ大都市に急成長していった。この界隈が金融街で栄えたという〝まちの勢い”を体現する建物はもう他にはない。歴史を後世につなぐ意味でも必要で、重要文化財として残す方法も考えられたのではないか。

所在地:神戸市中央区相生町1-1-21
建築年:1900年(明治33)  1932年(昭和7)1階ホール部分を改修
構  造:煉瓦造3階建
設  計:曽禰達蔵
景観形成重要建造物
近代化産業遺産

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東に正面玄関

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北側

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東向き正面の玄関


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今日は照明の設備は無いのに天窓があるのでこんなに明るい。


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これは金庫内に通気する為のドア

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建物の重厚さに対して不釣り合いに見える華奢な階段


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分厚い壁の奥はトイレのドア


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元はこの建物を本社として使っていた。奥に見える現在のファミリア本社はすでに売却され、三宮方面に移転。


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館内の説明パネル


№320




 

by gigi-yo-ko | 2016-07-03 12:00 | 兵庫県