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内部はセセッションと数寄屋が融合
従来の和洋並列住宅は異質な洋と和を並べ繋いだだけの物であったが、この住宅は当時のヨーロッパで最新デザインであったセセッションと和の伝統様式である数寄屋を融合したようなスタイルである。和室と洋室のデザイン的な関連性もあり、住宅全体が一つのスタイルにまとめられている。

2回目は内部を1階の客室・食堂から

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1201605010_5暖炉のタイルは当初からの物でイギリス製



19shibakawa床は当時の最先端素材のリノリュームが貼られていた。現在はよく似た現行品を貼ってある。


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23shibakawa数寄屋とセセッションの融合


24shibakawaハート型は和室の手摺りにも使われている。


25shibakawa洋室ではドア周りの左右非対称のデザインはめずらしい。和風建築からの発想かと思う。右手の照明器具と同じデザインのものがサイズは違うが和室にも吊られていて、和室では和風に見えるし、洋室では洋風に見える。

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27shibakawa金色の渦巻き模様の壁の階段室。初めて見た金色の空間には瞬間は驚いたが、中にずっといると不思議な程落ち着く。セセッション風の階段木部と違和感がない理由は、「金色の壁は日本の伝統様式にもあり、和洋いずれの様式としてもありうるもの」足立先生の記事では解説されている。


28shibakawa渦巻模様は木で円形のコテを作り、ボランティアによる手作業で一つづつ模様を作られたと聞く。


29shibakawa階段は建築当初からのものと聞いたが、踊り場の巾木(壁と床の境)が曲線になっているのも独創的でモダン。


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32shibakawa_2網代、葦簾、格子、3種類の天井が見える。



33shibakawa2階十畳座敷


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38shibakawa普通の押入れに見えるが。

39shibakawa暖炉が組込まれている。


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42shibakawa井桁に組まれた手摺りは武田五一のひねり。


43shibakawa_2階段室の和室側は柱が見えた真壁風。



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45shibakawa階段室から左の大寝室へ入る。右は廊下の先が小寝室、いづれもコルク敷きの床。



46shibakawa2階大寝室


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52shibakawa今でも使いたいようなデザインのコルクをダイヤ柄に貼った床は現地に有ったものを忠実に再原してある。


53shibakawa2階のトイレ  明治村の建築担当の説明によると、便器は移築前と似たものを外国から取り寄せて復原したという。(どこの国か聞き漏らしてしまったが)

54shibakawa2階 4畳半の和室  写真では表現できていないが天井が高い

55shibakawa2方向に縁側と云うより大型の出窓と云うべきかも知れないが、これがあるので4畳半といっても8畳程の広さがある。その上、外の景色も取り込むのでとても広い。


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58shibakawaゆるい波線がどこまでも続き「ふわー」と気持ちがゆるむ。


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61shibakawa座敷を通して階段室までを望む。



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by gigi-yo-ko | 2016-06-26 12:00 | 兵庫県

阪神間モダニズムの郊外住宅の姿を復原
明治村において、この建物は随分新しい印象を受ける。理由は明治44年竣工の後、何度か増改築がなされているが、昭和2年和館増築の時期にあわせて、この洋館は外観などが大きく変更された。建築当初は、施主が「洋館を依頼したのに畳がリノリュームに替わっただけでまるで洋館らしいところはない」と言葉を残しているように、和の中に洋があしらわれた意匠であった。外壁は杉皮貼り、1階大改修が行われホールは聚楽壁、網代と葦簾の市松天井。
復原の方針は震災直前の姿(昭和初頭の改装時の姿)に。ただしベランダはガラスが建て込まれていたが、当初の吹きさらし状態に戻されたが、外壁は杉皮ではなく被災直前の渦巻き模様のドイツ壁風にされた。トイレ、浴室などは改修が著しい箇所であり参考復原とされた。
解体、採寸、調査、復原、に於いては、竹中工務店、名古屋の魚津工務店の採算を度外視した尽力やボランティア、学生など多くの人の協力によって、解体後12年を経て当時のオーナー芝川又彦氏の希望であった明治村へ移築復元された。以上「建築史学」題50号・神戸大学足立先生執筆の記事、博物館明治村のHPの解説等を参考

所在地:犬山市内山1番地博物館明治村3丁目68 (旧所在地:兵庫県西宮市上甲東園2丁目)
建築年:1911年(明治44)・・・移築竣工:2007年(平成19)
構  造:木造2階建
設  計:武田五一
国登録有形文化財(移築後)


1回目は外観とベランダ

01shibakawa移築は、西宮に建っていた時の地形に近い場所(崖地))が選ばれた。

02shibakawa昭和2年の大改修時には、杉皮貼りの外壁はスパニッシュ風な壁に変更された。関東大震災では、木造建築が火災で大きな被害を受けたことから、外壁にスパニッシュ風な壁を用いることが、特に関西では大流行した。

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05shibakawaベランダのスラブ(床)には崖地という悪条件を考慮して、当時画期的な鉄筋コンクリートが採用されていた。

06shibakawa移築前は、ベランダにガラスが建て込まれていた。崖地の上の開放的なベランダは、この住宅の原点と解釈して震災直前の姿に復原するという方針から外れるが、吹きさらしに戻された。

07shibakawa右の端は和室、外から見ると出窓風の縁側を支える持ち送りのデザイン(フリルのような曲線とハートの穴)など、とても和室とは思えないが。

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00shibakawaかわいいハートのカットワークが施された和室の外観



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11shibakawa玄関はベランダのフランス窓(古典様式で云う直接出入りできる窓)と並列でデザインされている。玄関ホールは次回アップするが金色の渦巻き模様の壁。ベランダの外壁はブロンズ色の渦巻き模様。



12shibakawa芝川の川をデザインしたのかと思うが逆台形のカットワーク、矢羽根のような欄間はセセッションを意識している。

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施主:芝川又右衛門
先代が大阪伏見町に唐物商(輸入業)百足屋(むかでや)を興し、明治13年の徳丸長者鑑(とくまるちょうじゃかがみ)に三井・住友などと共に名を連ねた豪商の一人。
明治29年に兵庫県西宮市、甲山の東に果樹園を拓き「甲東園」と名付けた。大正10年には現在の阪急電車今津線が開通していたが、「甲東園」の近くには停車場が無く、芝川又右衛門は阪急に「駅」の設置を依頼し、設置費用と周辺の土地一万坪を提供した。「甲東園」という駅名、地名の由来でもある。
明治44年に郊外の別邸として建てられたこの住宅は、さらに日本庭園や茶室を備え関西財界人の社交場となった。
隠居後はここを本宅として震災前まで芝川家が暮らしていた。
武田五一は終生芝川家と深い関わりを持ち続け創建時、増改築、家具類の設計図が残され、芝川家が継続する会社に保管されている。


by gigi-yo-ko | 2016-06-19 12:00 | 兵庫県

名古屋市役所本庁舎

名古屋城との調和を図った帝冠様式の庁舎
近代的なビルに和風の瓦屋根をのせた日本趣味のビル。中央時計塔の二層屋根の頂部には四方に鯱(しゃちほこ)が睨みを利かせている。外壁は当地特産のタイル駆使した独創的な意匠。
当庁舎は昭和天皇御大典事業として1933年(昭和8)に竣工した3代目の庁舎。デザインは一般公募により559通の応募作品から地元出身の平林金吾の案が採用された。
訪れた日が土曜日であいにく館内は見学できなかったが、内部の意匠も名古屋城本丸御殿を念頭にしてあり御殿の華麗さの生き写しと云われているそうだ。ぜひ平日に再度訪れたいと思う。

所在地:名古屋市中区三の丸1-1
竣 工:1933年(昭和8)
構  造:鉄筋コンクリート造5階建・地下1階 塔屋部分11階
設  計:平林金吾
国重要文化財

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時計塔の屋根を拡大して見ると鯱(しゃちほこ)が見える。






by gigi-yo-ko | 2016-06-17 12:00 | 愛知県

大井牛肉店 [明治村]

神戸の牛肉店が明治村で営業中
横浜、長崎についで、1867年(慶応3)神戸が開港した。外国人居留地には外国人向けの住宅が次々と建てられ、外国人相手の商売が興った。入港する外国船や神戸に暮らす外国人に牛肉を納める者達も出てきた。その一人岸田伊之助が牛肉の販売と牛鍋の店として建てた店舗。
外国人の商館が建ち並ぶ新しい街ふさわしい洋風の建物で、ギリシャ・ローマ建築様式のコリント式の柱、2階ベランダにはルネサンス期に流行したとっくり型手摺子、半円アーチ窓などが西洋館らしい華やかさを演出している。が・・・玄関の庇は和風でむくり破風、今にも飛び立ちそうな鶴が飾られているのがほほえましい。工法も従来からの和式の技法で建てられている。
これまで日本では、獣の肉は嫌われていたが、牛肉を食べることは、文明開化時代の食生活として、またたくまに全国にひろがったといわれる。(大井牛肉店は神戸元町本店をはじめ数店舗で現在も営業されている。)以上は博物館明治村HPなどを参考

所在地:犬山市内山1番地博物館明治村1丁目1番地2  (旧所在地:神戸市生田区元町7丁目20番地)
建築年:1887年(明治20)頃
構  造:木造2階建
設  計:

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どう見ても柱が短くてバランスが悪い。 牛鍋の箸袋の解説には、外国人の商館をかたどった洋風建築と書いてあるが、同じ頃の建築でやはり神戸の外国人商館をモデルに建てられたという辰馬喜十郎邸(西宮市に現存)とどことは無く似ている。


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最近見た事がないほどの急勾配の階段を上がると、2階に板張りの洋間が4つあり、ここで牛鍋(すき焼き)をいただく。


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洋間ではあるが、もちろん椅子ではなく座布団を敷いて床に座って。
・・・これがおいしい!・・・

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by gigi-yo-ko | 2016-06-12 12:00 | 兵庫県

洋あり、洋に和あり
陶磁器貿易商として財をなした春田鉄次郎が武田五一に依頼して建てた邸宅。
19世紀以降の建物は過去の様式に捉われずに施主や建築家の好みによって自由に選択、組み合わせた折衷主義の時代。この建物は手前に洋館、奥に和館から構成されていると解説されているが、洋館部分にも和の要素があり、和館部分にも洋のテイストがある。洋館、和館と分けて考える必要がないような気がするが。これ以前の洋館と和館を併設した邸宅は和洋はっきり違う物を繋いであり、両方の要素が混じる事は無かった。この違いが大正期の住宅の特徴でもあり、和洋を自在に操る武田五一の特徴でもあると思う。当時の最新デザイン・セセッションの流行期でありこの要素を館内で色々目にする事ができる。(セセッションはウィーンで始まった新芸術運動で武田五一が日本に導入した。)

所在地:名古屋市東区主税町3-6-2
竣 工:1924年(大正13)
構  造:木造2階建
設  計:武田五一
景観重要建造物

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裏玄関(見学者の入り口) こけら葺きの庇は従来の和風建築では見た事がない曲線。



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裏玄関の天井:和でも洋でもない独自性。




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和室ではあるが、壁は洋風の布貼り。



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和洋の接続部:奥が和館、手前が洋館


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琵琶床がある立派な和室。写真を整理していて気付いたが、真っ白の壁の和室も珍しい。



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和風建築のいわゆる違い棚ではなくて、左右対称形の棚。和の様式にこだわっていないおおらかさ。



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武田五一がデザインした家具。アールデコもしくはセセッションの特徴が見える。


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細部の一つ一つが丁寧にデザインされている。


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違い鷹の羽の家紋が透かし彫りされた和室廊下の手摺り。


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茶室の待合のようなスペースが造られた洋館の玄関。




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玄関:現在はレストランの入り口として使われている。



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 直線でデザインされた階段廻り。




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現在はレストランのバーとして使われているが和洋折衷の部屋。(図面には洋室となっている)



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この建物の中では最も古典的な洋室ではあるが、天井の4隅に違い鷹の羽の家紋があしらわれている。



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ドア枠は薄く見せる(軽快な感じ)ように斜めに傾斜してある。この点もセセッションの要素。




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本来の洋間に有った天井と壁の区切り(廻縁)が無く、角はアールが取られている。
天井の装飾もさりげなくすっきりとして、幾何学的デザイン。



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井桁に組まれた換気口は和の要素を感じるが、セセッション風でもある。
セセッションは和の影響を受け、ヨーロッパで熟成され再び日本に導入された経緯があり、日本に馴染みやすかったといわれている。


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和館と洋館の接続部天井は洋ともとれるデザイン。



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さらに装飾を省略した(少なくした)美しい天井。


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天井と壁の区切りが無くアールが取られている。


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左はガス灯の跡。
こんな極限的デザインの天井には中途半端なデザインの照明器具は付けられないのか・・・電球のまま。


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フレンチレストラン・デュボネのランチ。



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暖炉もこの時期は奥行が浅く薄いデザイン



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●通常は平面図の白い部分は見学できませんが、今回は特別に見せて頂きました。 


№317











by gigi-yo-ko | 2016-06-05 12:00 | 愛知県