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船をイメージした建物は25万人をブラジルへ送り出した
明治41年に第1回ブラジル集団移住が開始された当時は、港近くの民間の移民宿に宿泊して準備をしていた。20年後の昭和3年、彼等を支援するために国立移民収容所が建設され全国から集まった移住者はここに1週間宿泊してブラジル事情の研修、身体検査、予防注射、出国手続きなどの準備をしたのちに神戸から出航した。1971年に閉鎖されるまでに、ここから25万人がブラジルへ出発した。
様式建築から、モダニズムに移行する過程の雄大な建物は当時の潮流であったアールデコを感じる。内部では特に中央階段が素晴らしい。

所在地:神戸市中央区山本通3丁目19-8
竣 工:1928年(昭和3)
構  造:鉄筋コンクリート造5階建
設  計:神戸市営繕課 置塩章(おしおあきら)


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ブラジルの国花「イぺ」の黄色い花が咲き始めている


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玄関の上にある飾りは地球儀のようにもブラジルのサボテンのようのも見える



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右は当時の写真をもとに復元され「入所者の部屋」の室内 12のベットがビッシリと並ぶ病院のような部屋が50室で600名収容



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by gigi-yo-ko | 2015-04-26 12:00 | 兵庫県

塩の町赤穂に日本最古の塩務局庁舎
正面は左右非対称で屋根の形や窓の形が変化に富んで凝ったデザインの建物である。明治の洋館らしく、和瓦の屋根でパステルカラーの下見板張り。工事は地元の棟梁山本近治らがあたり、資材も地元で調達され、基礎の積石、石段は赤穂城の石塁の一部を加工転用されたという。
赤穂の塩づくりは古くから営まれてきたが、1645年(正保2)赤穂城主となった浅野長直が製塩業を奨励し、塩田開発、製塩技術の向上に務め、全国的に有名な赤穂の特産物になった。
開国後、低価格の塩が輸入されることに危機感を抱いた明治政府は明治38年塩の専売制度を開始、全国の塩の産地に塩務局を設立した。赤穂塩務局は明治41年に完成し、この庁舎をはじめ塩倉庫など11棟によって製塩管理が行われた。やがて塩づくりは塩田製法から工場化へと変わる。
後に昭和24年「日本専売公社赤穂支局」となり、昭和58年に「赤穂市立民族資料館」として開館した。全国に唯一現存する塩務局庁舎であり、内部も当時の様子がほぼそのまま残されている。

所在地:赤穂市加里屋805-2
竣 工:1908年(明治41)
構  造:旧事務所棟・木造一部2階建 旧塩倉庫・木造平屋建 旧文書庫・煉瓦造平屋建て
設  計:大蔵省臨時建築部技師 大熊善邦  (妻木頼黄よりなかの名も挙がっているが確証がないらしい) 
県指定重要有形文化財



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今年は思いがけず赤穂で花見。大阪より少し遅い。




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玄関上の採光窓の下はアールヌーボーのような曲線(右)



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アーチ状の庇がある玄関(正面の右側)



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玄関より豪華に見える通用口:2階へ直接上がれる入口になっていて、偉い人が使われたんだと思う。2階には旧監視課室、旧取調室などがあった。


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玄関



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玄関の天井



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旧事務室の天井




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中庭から見るとまた違う印象。




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旧文書庫



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旧監視課室:2階の屋根を支えるハンマービーム は構造材であるが、美しい装飾のよに見えてとても豪華な部屋。




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旧分析棟、旧文書庫、旧塩倉庫





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by gigi-yo-ko | 2015-04-15 12:00 | 兵庫県

私立の有名進学校、開設時からの学び舎
先ず斬新な校門に目を奪われる。「限りなく上を目指す」かたちのようにも見える。
校舎は先のとがった窓枠や玄関周り、建物下部の横帯など直線的な印象が強いが、建物の四隅には丸みがあり、この中の階段は流れるような曲線。
男子校らしく力強い建物の中で、この階段を見ると、ふっと気がゆるむ。一種の息抜きのような要素がある。
大正期に阪神間は人口が急増したため、旧制中学校が不足した。灘の酒造家3社、(菊正宗の嘉納家、白鶴の嘉納家、櫻正宗の山邑家)が出資して設立した灘育英会が始まりの中高一貫、男子の進学校。
学校開設時に建てられた校舎は、1938年(昭和13)の阪神大水害、1944年(昭和19)の大空襲、1995年(平成7)の阪神・淡路大震災、たびたび災厄に見舞われたが大きい被害を受ける事はなく乗り越えて、震災では避難所としての役目も果たした。近年耐震工事、改修工事が終わり外壁も綺麗になった。見ていて飽きない不思議な魅力がある。

所在地:神戸市東灘区魚崎北町8-5-1
竣 工:1928年(昭和3)
構  造:鉄筋コンクリート造2階建
設  計:宗建築事務所(宗兵蔵) 生駒時計店莫大小会館・柴島浄水場旧配水ポンプ場・難波橋などを設計
国登録有形文化財



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向って左の角ならぬ隅。




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南側の全景



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男子校らしく直線で構成されたアーチ。他所では見た事がない。




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内部は曲線のアーチが並ぶ。




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三角に尖った窓が並ぶ様子はいかにも強そうで男子校らしい。




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本館の南側にある新校舎(本館に対して新らしい校舎)は最近リニューアル工事、耐震工事を終えた。 木の机と椅子は今、学校ではあまり見る事がなくなったが、こちらでは何度も修理しながら大切にされている。



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校門とおなじかたちの柱が並ぶ塀




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奥に見えるのは新校舎だが門柱と塀は当初からの物のようだ。門扉は改修前は木製だった。


by gigi-yo-ko | 2015-04-05 12:00 | 兵庫県