浄土宗 心光寺本堂

これ日本のお寺なんですョ
松屋町筋の西側を急いで歩いていた時に偶然見つけました。4~5歩通り過ぎて「今のは何だった?・・・」と思って戻りました。
大正12年に火災で焼失した本堂の再建にあたり、建築家でもあった当時のご住職は燃えないという事に重きを置いて、鉄筋で建築されました。設計にあたり、檀家さんに見せてもらったインドのタジ・マハル(1983年世界遺産に登録)の写真を参考にされたそうです。内部も板の間でいす式を採用。現在のご住職によると完成当時は「とても評判がわるかった」との事。昭和20年の空襲では、右隣(南)まで燃えて、ここは類焼を免れ、左への延焼も止まったといわれています。シュロの木が建物にあまりにぴったりなので聞いてみたら、後から植えられたのだそうです。
80年以上前にこのお寺が建てられたと思うとびっくりです。微塵も和の要素が顔を出していない所がすごいと思います。

所在地:大阪市天王寺区下寺町1-3-68
建築年:1929年(昭和4)
構  造:鉄筋コンクリート平屋建
設  計:当時の住職

国登録有形文化財

f0374868_11483581.jpg




f0374868_11490984.jpg




f0374868_11494507.jpg




f0374868_12050939.jpg

多弁アーチの中央、花の上に輝石が埋めてあり、夕日にキラキラして美しかった。
いつからか台風で無くなったそうです。すぐ近くが夕陽丘という地名です。


f0374868_11503132.jpg




f0374868_12060735.jpg
右上:本堂の扉には和の建築には無かったガラスが入っています。左下:本堂入口の足元「踏んでもいいのかな」と思ってしまいます。



f0374868_11511710.jpg

山門は江戸時代から続くもので、こちらも有形文化財に登録されています。

天王寺区下寺町1丁目は南北1Km強の細長い地域に約80軒のお寺が並んでいる大阪では唯一、全国的にも珍しいエリアだそうです。この町ができた経緯は、いろんな説がありますが、豊臣秀吉が大阪城の城下町を整備するにあたり各地の寺院を移転させて、防壁代わりにしたともいわれています。


85





[PR]
by gigi-yo-ko | 2013-01-24 12:00 | 大阪府

大阪瓦斯ビル

大阪の新時代を象徴する都会的な白と黒のビル

瓦斯ビル(現在の南館)が竣工した年は御堂筋拡幅工事が本町まで進み、地下鉄が開通した年。まさに新時代の幕開けの年であり、ここはガスによるモダン生活を提唱する場所でもありました。ガス器具のショールーム、600人収容する講演場、料理教室、理・美容室、和食堂、洋食堂等、商業ビルのような要素が盛り込まれていました。現在もガスビル食堂は洋食堂の草分けであった開業時と同じ最上階にあります。
設計は歴史的建築様式こだわらずに「自由様式」謳い、個性的な建築を残している安井武雄。堺筋の高麗橋野村ビルディングと同じ設計者と思えないほど印象が違います。でも、もう少しゆっくり眺めて見ると水平線を強調してゆったりした大船のような構えはとてもよく似ていることに気が付きます。
戦時中は白いタイルにコールタールで迷彩塗装して空襲を避けたそうです。
北館は35年後の昭和41年に、後任の佐野正一によって増築されました。

所在地::大阪市中央区平野町4-1-2
建築年:1933年(昭和8)
構  造:鉄筋コンクリート8階建・地下2階
設  計:安井武雄建築事務所


f0374868_10584531.jpg



f0374868_10575734.jpg

左が先に建った南館、右が後年増築の北館、最上階を見るとよくわかりますが柱の間隔が違います。
ひとつのビルのように思っていましたが、北館の方が柱間隔が広くてゆったりした設計になっています。
軒高は100尺規制で(31m)。


f0374868_11504447.jpg

反対側、右が南館左が北館。


f0374868_10584437.jpg


f0374868_10584403.jpg


f0374868_10584403.jpg

外壁1.2階は黒花崗岩貼り、3階以上は白黄色半磁器タイル、軒先は鼠磁タイル、2階の連続サッシはドイツ製ステンレスチールを使用


f0374868_10584675.jpg

道路ら地下に採光するためのデッキグラス(ガラスブロック)を最初に窓に使ったのは安井武雄。
視線をさえぎぎりつつ、やわらかい光を取り入れる今まで感じた事のない快適さが好評だったとか。



f0374868_10584450.jpg

道路から地下に採光するにデッキグラス


f0374868_10584570.jpg



f0374868_10322838.jpg

2012.11 2013.1 撮影








[PR]
by gigi-yo-ko | 2013-01-19 12:00 | 大阪府

大阪市中央公会堂

赤レンガと青銅のドーム屋根・雄大で壮麗な建物
堂島川と土佐堀川に囲まれた中之島公園のシンボルであるこの建物は中之島公会堂と通称で呼ばれることが多い現役の公会堂です。私自身も正式名称は「え?こんな名前だったのか」と思いました。
北浜の株の仲買人・岩本栄之助の寄付100万円(現代の50億円程度)をもとに5年の歳月をかけて建設されました。携わった職人は延べ18万4千人。延べをどう解釈すればいいのか想像を絶する数ですね。
設計はコンペが行われ辰野金吾が指名した17人の内、13人が応募して、最年少29歳の岡田信一郎が1等を獲得しました。2等は長野宇平治、3等は矢橋賢吉。 
ネオルネサンス様式にバロック調を加味した意匠で、古典様式よりも新しくてさらに躍動感があるということでしょうか。部分的には19世紀の新しい潮流で、幾何学的な要素を用いたセセッションの意匠もみられます。
しかしながら、昭和40年代に入ると老朽化が目立つようになり、関東大震災以前の建物であることから耐震性の問題も指摘され、一時は取り壊しの話もありました。市民による保存運動が行なわれ、新聞社による募金活動(赤レンガ基金)も行われて、幾多の困難を乗り越えて昭和63年永久保存が決まりました。

所在地:大阪市北区中之島1-1-27
建築年:1918年(大正7) 改修工事・免震工事:2002年(平成14)
構  造:鉄骨煉瓦造3階建・地下1階
設  計:基本設計岡田信一郎、実施設計公会堂建設事務所(設計顧問:辰野金吾 工事監理:片岡安)
国登録重要文化財


f0374868_07344809.jpg
一番見慣れた南側・・・・通常はこちらの地下入口から入ります。


f0374868_07352806.jpg
一番見慣れた南側・・・・通常はこちらの地下入口から入ります。


f0374868_07354453.jpg

煉瓦積みの上に化粧煉瓦(東京駅舎と同様のレンガ風タイル)・御影石・擬石モルタルで仕上げた外観。 



f0374868_07360368.jpg



f0374868_07370580.jpg



f0374868_07372340.jpg

当初からの現存灯具


f0374868_07374233.jpg

壊れているのではありません。内部の構造が見えるように配慮してあります。
建築博物館的な存在をも考慮して再生保存工事が行われました。レストラン中之島倶楽部の入り口横


f0374868_07380642.jpg
栴檀の木橋(せんだんのきばし)からの眺め



小集会室(創建時は女性用の食堂)
木の質感を楽しめる部屋。写真が無いですがが床も寄木細工です。

f0374868_11525410.jpg


f0374868_11531637.jpg

外壁側にはステンドグラス。図案に食堂だった名残りがあります


f0374868_11540756.jpg



f0374868_11542728.jpg


f0374868_11544574.jpg

地道な調査と職人の技術で復元されたみどりのタペストリー・サギと桐の花の刺繍。


f0374868_11550399.jpg


f0374868_11552596.jpg


f0374868_11562082.jpg


f0374868_11564393.jpg

中之島図書館が見えます。建築当初からの窓のハンドルにもご注目。図書館の向こうは建替えた市役所。



中集会室(創建時は男性の食堂・社交場)
華麗な中世の宮殿のようなヨーロピアンスタイルの部屋。

f0374868_10424056.jpg


f0374868_10454472.jpg

創建当時のシャンデリアが使われています。


f0374868_10431551.jpg

天井のアーチは檜を加工したもの。


f0374868_10441848.jpg


f0374868_10434631.jpg

ドアの上の丸い彫刻は西南から、蟹、ぶどう、ロブスター、キャベツ、鴨とたまご、パイナップル・りんご・なし、鮎、なす、さざえと蛤、たけのこ、鶏、栗、ここにも食堂だった名残りがあります。



特別室(創建時は貴賓室)

f0374868_11172458.jpg


f0374868_11065544.jpg
大阪市の市票「みおつくし」と慶祝の象徴である鳳凰がデザインされたステンドグラス。
大阪市のマークとしての方が有名になったが、みおつくしは澪標と書き水路の標識。
大阪の繁栄は水路に負うところが多いので明治27年に市票に制定。



f0374868_11071046.jpg


f0374868_11072826.jpg


f0374868_11272073.jpg


f0374868_11081128.jpg

木工象嵌(ぞうがん)の模様が施されたドア


f0374868_11082551.jpg



f0374868_11084305.jpg

日本書記のシーン(天地開闢・てんちかいびゃく)が描かれた天井 洋画家・松岡壽作(漆喰の上に麻布を重ねて油彩)


f0374868_11245090.jpg


f0374868_11280040.jpg

f0374868_11312168.jpg


f0374868_11370090.jpg
金色の目地が華麗な大理石の腰壁


f0374868_11334952.jpg
数種類の大理石を使用した豪華な床。




玄関・階段周り
f0374868_11474248.jpg


f0374868_11542738.jpg


f0374868_11502717.jpg

階段手すりの金属部分は溶接ではなく、ねじ止めで仕上げてあります。きれいに溶接できる技術が途上だったからでしょうか。


f0374868_11552733.jpg
米国製の昇降機


f0374868_11561085.jpg


f0374868_11563523.jpg


f0374868_11585604.jpg


f0374868_11580615.jpg



f0374868_11591909.jpg


f0374868_11593516.jpg

f0374868_12042572.jpg


f0374868_11595862.jpg


f0374868_11504827.jpg

59年ぶりに蘇った二神像
正面、半円型の大窓の上にあるミネルバァとメルクリウスの像は昭和18年の金属供出で撤去されていましたが、
平成14年の改修時に復元されました。
ミネルバァは化学、工芸、芸術、平和を象徴する女神。メルクリウスは商業の神。


82







[PR]
by gigi-yo-ko | 2013-01-12 12:00 | 大阪府