仁風閣

文明開化を象徴する洋館の電燈はこんなにも美しい
鳥取城跡に建つフレンチルネサンスの洋館は鳥取藩主池田仲博侯爵の別邸として建てられました。当時の皇太子(のちの大正天皇)の山陰行啓時期にに合わせて8か月の突貫工事で完成され、宿舎として使用されました。
仁風閣には鳥取県下で初めて電灯が灯され、当初英国から輸入されたという、繊細な照明器具が随所に取り付けられて建物の持ち味をさらに引き立ています。
木造の螺旋階段には支柱がありません。中央のねじったように見えるささら板(側板)で支えているそうですが、堅いケヤキゆえ曲げ加工などはできません、掘った厚板を6枚接合してあります。鳥取大震災にも100年を超える歳月にも狂いは出ていません。職人技とはこんなこと?

所在地:鳥取市東町2丁目121番地
建築年:1907年(明治40)
構  造:木造2階建て
設  計:片山東熊(赤坂離宮等を設計) 橋本平蔵  
施  工: 浜田芳蔵
国重要文化財

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セグメンタルペディメント(櫛型破風)の棟飾りは片山東熊の特徴




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この八角尖塔の中が螺旋階段


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スクロール(巻軸)模様の窓台



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ルネサンス様式のクラウン(王冠)を飾りを頂く寄棟瓦屋根 まさに和洋の融合



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仁風閣は皇太子に随行した海軍大将東郷平八郎が命名 階段上は直筆の額


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謎の木造螺旋階段・・・図面が見つかっていないそうです


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左下5灯のシャンデリアのみ建築当初から物。あと1灯どこかにあるそうです。他は忠実に復元された照明器具。
まだ作られている!エジソン電球を使用しています。 右下のみタングステン電球(これは今もう手に入らないそうです)。 



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by gigi-yo-ko | 2012-07-28 12:00 | 鳥取県

鳥取市の官庁街に残る旧県立図書館
県庁、市役所、病院、裁判所などが建ち並ぶ鳥取市の中心地にこの建物は有ります。長年中央図書館として親しまれてきましたが、老朽化のため一時取り壊しの計画がありました。保存活用の要望が多く、耐震工事、改修工事をして、平成7年7月7日よりミュージアムとして再出発しました。古典的な外観は当時の姿がそのまま残されて、奥に建てた新築部と接合。内部は新しくなりました。無料休憩室は当時の部材を使って面影を再現してあります。

所在地:鳥取市西町3丁目202
建築年:1930年(昭和5)
構  造:鉄筋コンクリート2階建て地下1階
設  計:置塩章

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当時の部材を使って新しく作られた入口横の無料休憩所


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by gigi-yo-ko | 2012-07-25 12:00 | 鳥取県

都鉄道の創設者・田中源太郎が建てた迎賓館
保津川下りやトロッコ列車で知られる京都府亀岡市に贅を尽くした洋館がある。ぐるりを塀で囲まれているので、外からはほとんど見えず、知らなければおそらく通り過ぎてしまう。
ここは昭和23年以来、料理旅館「楽々荘」として、引き継がれている旧田中源太郎邸。洋館、和館、と見事な日本庭園がある。
田中源太郎は京都政財界で活躍した実業家。起こした事業は銀行、電力会社をはじめ、その数30を超えるという。中でも京都鉄道(旧:山陰線・現:トロッコ列車)の創設とこの建物は関わりが深い。田中は丹波・亀岡の発展にはどうしても鉄道が必要だと考え、情熱をかけた6年間の難工事の末、明治26年に嵯峨-亀岡-園部が開通した。この開通に合わせて、迎賓館を兼ねた洋風建物にする為に5年の歳月をかけて生家を改築した。洋館の建材にはトンネルや鉄橋と同じ煉瓦が使われた。2階の南側から東側にかけて全面にガラスをいれたベランダは解放感にあふれ、サンルームさながら。洋館の内部は竣工当時の様子がよく残されている西洋と東洋が融合した明治の館。
大正11年、山陰線清滝鉄橋の脱線事故、奇しくも田中はこれに乗り合わせて69歳の生涯を閉じた。

所在地:亀岡市北町44
建築年:1898年(明治31)頃
構  造:洋館煉瓦造2階建一部木造 和館木造平屋 
設  計:
国登録有形文化財 洋館・和館・玄関(門)

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和と洋が出会う場所:和館の廊下の左側が洋館。なぜか和館側も洋館の外側はすべて鉄扉。


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現地では天井ばかり見て、気が付かなかったのに(気が付けば撮り方を工夫したが)写真を見てこの椅子にがっかり。
角パイプの椅子脚は部屋につり合わない。



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木と金属の絶妙な関係のてすり



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上から下まで総ガラス張りのベランダ!
2階を見学したいと申し出たところ、食事をしている間にベランダの鉄扉を開けて下さった。 京都とはとても思えない光景。南の国の避暑地のよう。 しかし、ここは冬格別寒い亀岡なので、ガラスを入れたベランダが造られたのではないかと思う。ベランダは本来、南の暑い国で夏を快適に過ごす為に工夫されたものなのでガラスは入らない。これが洋館の典型的なスタイルとして明治の日本に入ってきた。




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「鏡よ鏡、世界で一番美しい人は誰?」話かけてしまいそう。


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鉄道工事と同じ煉瓦を使って洋館と塀が造られた。




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庭園は7代目小川治兵衛の作庭で京都府指定文化財(名勝)
京都では山形有朋の別邸「無鄰菴」・平安神宮神苑、大阪では市立美術館の「慶沢園」などの名園も残している。


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by gigi-yo-ko | 2012-07-23 12:00 | 京都府

五臓円ビル

鳥取市内最古の鉄筋コンクリート造
五臓円ビルは古くから続く薬屋さんの個人建築として建てられました。ビル名の由来は初代の頃に僧より伝授された「三心五臓圓」という滋養強壮薬の名前から来ています。四代目当主の森下清治はの予てから西洋館建築の願いを実現するために昭和4年に竣工した旧県立図書館と同じ業者(大阪北区・新定蔵)に工事を依頼するという熱の入れようだったようです。当時最も栄えた中心商店街に流行の意匠を取り入れ、贅を尽くした特徴のあるビルが建てられました。
戦火を免れ、昭和18年の鳥取大震災、同27年の鳥取大火(内部は全焼)をくぐり抜け、改修・耐震・補強工事を経て平成23年3月、竣工当時の姿に復元されました。

所在地:鳥取市元町274-6
建築年:1931年(昭和6)
構  造:鉄筋コンクリート3階建て地下1階
設  計:
国登録有形文化財

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残念ながら五臓円薬局は日曜日が定休日。平日はショーウインドウ(GOZOEN PHARMACYの下)に2代目福助人形が飾られています。
大正初期に掘られた初代福助さんは鳥取大火で焼失。建築当初この嵌め殺し窓はステンドグラスだったようです。



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透かし模様の鋳物は「森下」と「三心五臓」を図案化したものだそです。


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by gigi-yo-ko | 2012-07-22 12:00 | 鳥取県

高麗橋野村ビルディング

瓦が並んだ水平線と土色の壁が和風ではない東洋を感じる
自由様式ならぬ、安井様式・・・というのが一番ぴったりするように思います。遠くからはどっしりとして均整のとれた古いビルですが、近づいて見るとなんとも不思議な意匠が細部に至るまで施されています。何処風、何様式ではない独自性に引き込まれます。玄関には二つの三日月が向き合います。りそな銀行の前身を作った野村財閥が建てた最初の貸ビル。

所在地:大阪市中央区高麗橋2-1-2

建築年:1927年(昭和2)
構  造:鉄筋コンクリート6階建て地下1階・戦後7階を増築(7階の瓦など少し様子が違います)
設  計:安井武雄建築事務所

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2012.2 2012.6 撮影
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by gigi-yo-ko | 2012-07-19 12:00 | 大阪府

新井ビル 

洋菓子「五感」の本店として賑わう北浜の名所
元は日本報徳銀行大阪支店として証券・金融の中心地北浜に建てられました。1階は石の外装で銀行建築らしく重厚な感じのする古典様式の建物ですが、2階から上はめずらしい色(あずき色)のタイル仕上げです。一番上中央にはバラの装飾のメダリオンがあります。この建物は近くから1階だけ見ているのと遠くから全体を見るのでは、まるで印象がちがいます。
一時期、解体建替えの話も進んでいたそうですが、オーナーの熱意により存続して、今、毎日お洒落した人達でいっぱいです。

所在地:大阪市中央区今橋2-1-1
建築年:1922年(大正11)
構  造:鉄筋コンクリート4階建て地下1階
設  計:河合浩蔵(皇居二重橋・奈良ホテルを設計)
国登録有形文化財

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3層吹き抜けの店内


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最初は階段の中央にエレベーターが有ったそうです。戦時中の金属供出で撤去され現在は吹き抜け。この空間がかえって贅沢な感じです。


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by gigi-yo-ko | 2012-07-08 12:00 | 大阪府