カテゴリ:大阪府( 51 )

20年間金属の建材で覆われていた銀行建築がよみがえる
丼池(どぶいけ)といえば戦前は高級家具の問屋街、戦後は繊維関係の大集積地として大阪の復興を支えた地域としてよく知られている。ところが繊維不況の折りにはいち早く都心のシャッター通りと化した。
元々この建物は愛徳貯蓄銀行本店として建設された由緒正しい銀行建築であった。戦後の混乱期を経て丼池の地域の人達が会社を設立し、この建物を買い取り事務所として使用してきた。ちょうどバブル時期にさしかかり何もかも新しくなくてはいけないと思っていた時代。建物は全面を銅製のサイディング(金属性の建材)で被い、見た目の綺麗さ、新しさを造ったのであろう。20年という長い年月がこの外観であったので、サイディンで覆われた姿を知っている人の方が多いと思われる。私もその一人。
2014年4月から始まった丼池繊維会館リノベーションプロジェクトではモダニズム黎明期の銀行建築が雄姿を現すであろうと、期待してサイディングを撤去すると、サイディングを支える無数のアンカーボルト、おびただしい数の目印スプレーまさに傷だらけで想定外の状況が出現。リノベーションプロジェクトでは何を継承し、どのように再現するかの検討が重ねられた。この結果、「当時最先端のモダンな設計思想を優先しながら、輝かしい部分だけでなく歴史の波にもまれながらも生き残った過程も後世に伝えて行こう、歴史を大事にする一方で新しい快適な設備も積極的に取り入れよう。」との方針が採用された。このように時期毎の様子を残す方法は今まであまりやらなかったリノベーションの新しいスタイルといえる。(以上は建築ジャーナル2016年6月号記事を参考)

所在地:大阪市中央区久太郎町3-1-16
建築年:1922年(大正11) 2016年3月:リモデル工事竣工(リモデル設計:高岡伸一建築事務所)
構 造:鉄筋コンクリート造3階建
設 計:不詳

f0374868_14403932.jpg



f0374868_14430790.jpg

f0374868_18264693.jpg


f0374868_14431573.jpg



f0374868_14432973.jpg



f0374868_14434539.jpg



f0374868_14435768.jpg



f0374868_14441524.jpg
金属性のフラットなドアに刻まれた連盟事務所のロゴタイプ。
繊細で美しいタイプフェースはこれから目指す方向を示しているかのよう。


f0374868_14442869.jpg



f0374868_14444213.jpg



f0374868_14445723.jpg
写真では解りにくいが、丸く折り上げられた当時の天井が出現。
窓は断熱性のよい木製サッシに取り換え、外壁のタイルの隙間も2016年の歴史としてあえて補修跡を残した。


f0374868_14451138.jpg
2階は陶芸家の展示場兼ショップに使われている。


f0374868_15220359.jpg
塩野義製薬研究所の木製家具、坂倉順三によるオリジナル。



f0374868_14452821.jpg


f0374868_14463452.jpg
ペントハウスの外観はそのままで、レンタルキッチンにリモデル。現在は毎土曜日カレーショップが営業している。
写真は無いがここから屋上に出る事ができ、ビルの谷間の外気が清々しい。


f0374868_14464587.jpg








[PR]
by gigi-yo-ko | 2017-01-15 12:00 | 大阪府

武田道修町ビル(再訪)

製薬会社が軒を連ねる道修町にひと際目立つ存在
江戸時代から日本を流通するすべての薬はまず道修町(どしょうまち)に集められた。武田薬品工業は薬の町として発展した道修町で1781年に薬種仲買商を始め、1925年に武田長兵衛商店を設立、3年後にこの本社を建てた。正面部分に古典風の柱装飾をさりげなく取り入れたモダンビルは最初は右側(北西部分)の3階建てであったが、後に5階に増築されて現在の姿になった。全然増築部分が違和感なくまとめられているが、よく見ると軒飾りの違いに気付く。窓は階毎に全部デザインを変えてある。外壁のタイルは色が少しづづ違うのも今ではもう無くなってしまった味わい。
2013年耐震補強工事を終えて、武田科学振興財団が所有する杏雨書屋(きょううしょおく)が移転してきた。貴重な医学書などの蔵書を無料で一般公開されている。

所在地:大阪市中央区道修町2-3-6
建築年:1923年(昭和3)
構 造:鉄筋コンクリート造3階建、地下1階(後に5階に増築)
設 計:片岡建築事務所(松室重光)

f0374868_11335353.jpg


f0374868_11341254.jpg

北側が建物の正面




f0374868_11350499.jpg
向って左側が増築だと知らなかった時は左右非対称のモダンな建物だ思っていたが、もしかしたらここが中央で最初の玄関だったのかもしれないと思ったりする。そうならシンメトリーの古典的な印象の建物だったはず。それにしても丁寧でうまい増築だと思う。大切にされている建物であることがよく解る。


f0374868_11352448.jpg



f0374868_11355510.jpg


f0374868_11361509.jpg
アールの左側が後年の増築部分




f0374868_11371638.jpg


f0374868_11373132.jpg
今回整備された「杏雨書屋」(きゅううしょおく)の入り口:杏雨とは杏林(医学界)を潤す雨という意味だそう。


f0374868_11374379.jpg
西側:奥まった部分が後の増築


f0374868_11380225.jpg




f0374868_11381566.jpg

№2





[PR]
by gigi-yo-ko | 2016-10-26 12:00 | 大阪府

大阪を代表する美しい大正建築のひとつ
阪急電車の千里線や地下鉄御堂筋線に乗ると、淀川のそばに見えてくる“朝日”をデザインしたような派手な意匠の建物。近くで見てみたいと思っていたが無期閉館中で門扉は閉ざされたままだった。
『今年の夏休みは、水道記念館へ行こう!』という大阪市の子供向けのお知らせを見つけて私も出掛けた。電車で通過中に遠目に見ていたのと、近くで真正面から見るのでは「違う建物か」と思う程印象が違う。
1914年(大正3)大阪市水道の主力ポンプ場として建設されたネオルネッサンス様式の美しい建物は、1986年(昭和61)に新しいポンプ場が建てられるまでの72年間このこの用途で使われた。
役目を終えた建物は、その後耐震改修工事を行い、1995年(平成7)大阪市水道通水100周年を記念して水道記念館として再生された。・・・しかし現在は諸事情により閉館中。新しい用途で期待の再生であったが、運営を継続す事の難しさ、今は春休みと夏休みに期間を区切っての開館するという・・・。なんとも悲しい話でブログにアップするのも躊躇するのだが私にとってはやっと近くで見る事ができた建物であり、もっと多くの人に見てほしい名建築なので記事にした。

所在地:大阪市東淀川区柴島1-3-1
建築年:1914年
構  造:煉瓦造平屋建
設  計:宗 兵蔵・・・関西の建築界の重鎮と云われた人で奈良国立博物館、生駒ビルディング、莫大小会館、灘高・灘中などの作品が残されている。
国登録有形文化財

f0374868_21124706.jpg


f0374868_21130272.jpg


f0374868_21131684.jpg

文字の左右にある装飾は一見電球かと思った (あ、ここは発電所ではなかった・・・水道局)。
中央に下がっているのと同じ花。明治、大正期の洋館にはこの花はよく使われている。


f0374868_21133004.jpg

f0374868_21135572.jpg


f0374868_21140921.jpg


f0374868_21144006.jpg


f0374868_21150341.jpg

こんな所に壺の飾りを発見。


f0374868_21152279.jpg

凝っているのにスッキリとしたデザインの照明固定プレート



f0374868_21154258.jpg


f0374868_21160817.jpg


f0374868_21162368.jpg


f0374868_21164254.jpg

建物の側面

f0374868_21210980.jpg


f0374868_21172709.jpg
守衛室かと思ったら「濾過速度を調節する機械」が入っていた明治41年建築の建物を移築したらしい。尖がり帽子のかわいらしい建物。


f0374868_21174605.jpg


f0374868_21181099.jpg
現地の説明書によると館内内側から鉄筋(アンカーピン)を打ち込んで補強工事をしたので、あたらしい内壁が造られ当初の様子は残っていないが一角だけ見えるように残してある。腰壁のタイルのキズは補強工事の跡?








[PR]
by gigi-yo-ko | 2016-09-11 12:00 | 大阪府

水間観音駅舎

水間寺参詣客を迎える駅舎
水間寺は通称水間観音と呼ばれて初詣に訪れる人で大変な賑わい。参道は歩けない程の人出。
大正13年に水間鉄道が開通した。大正15年、当時このあたりでは珍しい鉄筋コンクリート造でありながら、水間寺の三重の塔を意識した和風の意匠。一方左右対称の両端は円筒形の待合室を設けて洋風の意匠も取入れてある。改札の手前で塔部分の吹き抜けを見上げると中国風と思えるデザインの窓。解説によると卍崩しのデザインということであるが、縦長窓は洋館の特徴の一つでもある。
シルエットが印象的で、写真映えする建物であるが、現地へ行くと思いの外小さいし、ディテールがお粗末な気がする。元々なのか後の改修でこのようになったのかはよく解らない。
平成21年には水間駅から水間観音駅に改称された。近畿の駅百選にも選定されている。

所在地:貝塚市水間260
建築年:1926年(大正15)
構  造:鉄筋コンクリート造2階建
設  計:

国登録有形文化財


f0374868_20435179.jpg

右側は紅白幕で隠れているが、左右対称の駅舎で右側にも円筒形。



f0374868_20440238.jpg




f0374868_20441271.jpg




f0374868_20442811.jpg




f0374868_20444394.jpg

建設された時は「水間駅」と云っていたので右から書いた昔の駅名が上に残してあり、
(左から読もうとして古い駅の字がすぐには読めなくて)下には新しい駅名「水間観音駅」がある。
ここはローカル線・単線の終着駅。ポストの奥は駅員室でアーチ窓が見える。やはりモダンな洋館の駅舎。



f0374868_20451424.jpg

美しい水間寺のシンボル、三重の塔。駅舎はこの三重の塔をオマージュしたのは間違いない。




f0374868_20450423.jpg




[PR]
by gigi-yo-ko | 2016-01-10 12:00 | 大阪府

原田産業株式会社

美しい館内、吹き抜けの階段を見上げる

3年前に外観の写真を撮っているが、現役で使用中の商社本社ビルという事で、内部を見学できることは無いと思っていたが、今年のイケフェス(生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪2015)で初めて一般公開された。どれだけ待っても見たいという思いで、少し早めに現地へ行くと、すでに行列。予定時刻より早めて見学を開始していただいた事もあり、意外に早く館内へ入る事ができた。
「建築当初の様子をできるだけ変えない事に気を付けながら、現代にも通用するように、例えば間接照明で照度を上げるなど、工夫している。」という4代目原田社長の言葉があったが、主も変わらず用途も変わらず継続している民間の建物はめずらしいと思う。大切にされて、磨き込まれて、使い続けられた建物は文字通り輝いている。
◇階段を見上げる写真が撮れていない事、社長の説明を集中して(写真を撮りながらでなく)お聞きしたい事、できれば来年ももう一度訪れたいと思う。

№9

所在地:大阪市中央区南船場2-10-14
建築年:1928年(昭和3)
構  造:鉄筋コンクリート2階建
設  計:小笠原祥光
国登録有形文化財


f0374868_10533149.jpg

この写真は2012年2月に撮ったもの

f0374868_10540164.jpg

ここからが2015年11月撮影

f0374868_10542572.jpg


f0374868_10544332.jpg


f0374868_11110242.jpg


f0374868_11113532.jpg


f0374868_08541204.jpg


f0374868_11223563.jpg
左が1階で、普通に今風の事務机が並んでいた。


f0374868_11122523.jpg


f0374868_11124686.jpg


f0374868_10572462.jpg


f0374868_10574824.jpg


f0374868_10580502.jpg



f0374868_11131670.jpg
左の梁下には飾りが無い。説明によると、この場所は空襲で被害を受けた。後に補修をしたが、ここはあえて元通りには復元していない。
本来は4カ所に同じ葉の飾りがあった。


f0374868_11133949.jpg




f0374868_11135594.jpg
社内では仏間と呼ばれている部屋。この仏様も建物ができた時に先代が気に入られてずっとここにいらっしゃるそうだ。



№290

[PR]
by gigi-yo-ko | 2015-11-22 12:00 | 大阪府

大阪松竹座

関西初の洋式劇場として誕生
開館当時は洋画の封切館として、多くの名作が上映された。キネマ・ファンはモダンでインテリの象徴、映画館建築は時代の最先端を行くスポットであった。道頓堀に面した江戸時代からの芝居小屋街に、大きなアーチ窓を持つネオルネッサンス様式の映画館が建設された。設計者は劇場建築の名手と云われる木村得三郎で、京都の弥生会館、歌舞練場なども手掛けている。
元来この辺りの建物は船でやってくる役者や観客のために道頓堀に面して建てられたそうで、前の道路巾は狭くて全体像が写せないし、普段歩く人にはこの華麗なアーチ窓は見えにくい。改めて見上げててみると細やかなテラコッタの装飾が施されている事に気付く。
平成に入ってから、正面の外壁を保存して建替えられ、歌舞伎などを上演する劇場に生まれ変わった。【今は外壁しか残っていない】

所在地:大阪市中央区道頓堀1-9
建築年:1923年(大正12)  外壁保存建替え1997年(平成9) 
構  造:鉄筋コンクリート7階建・地下2階(当初は5階建)
設  計:大林組(木村得三郎)
大阪都市景観建築賞(平成10年度)


f0374868_17215593.jpg




f0374868_17220561.jpg




f0374868_17221389.jpg




f0374868_17222493.jpg




f0374868_17223399.jpg




f0374868_17224558.jpg




f0374868_17230146.jpg




f0374868_17231503.jpg




f0374868_17232421.jpg




f0374868_17233403.jpg




f0374868_17234375.jpg

映画の字幕のような文字で 松 竹 座。もしくは道頓堀の水面? おもしろい書体で気になった。









[PR]
by gigi-yo-ko | 2015-09-20 12:00 | 大阪府

ワセダヤビル

かつては老舗シャツメーカーの本社ビル
堺筋と本町通りの北東交差点に王冠のような塔屋を持つクラシックなビルはとても存在感がありよく目立つ。どことなく気品のあるこの建物は、船場が繊維業界の街だった頃から知っていたが、(もちろん1階はシャツ屋さんだったように思う)塔の意味は深く考えたことが無かった。早稲田大学の大隈記念講堂を模してあるという事を最近になって知り、ネット検索して写真を並べて見るとだいぶ違うのだが、イメージでは本当にそっくり。
経緯などはよく解らないが、現在はテナントビルとして使われている。

所在地:大阪市中央区本町2-1-2
建築年:1935年(昭和10)
構  造:鉄筋コンクリート6階建
設  計:

Wasedaya1

Wasedaya2

Wasedaya3シャツメーカーの本社ビルだった名残りのステンドグラス


Wasedaya4

Wasedaya5

早稲田屋株式会社は創業明治38年・現在はオーダーシャツのブランド名としては残っている。






2014.11 撮影


[PR]
by gigi-yo-ko | 2015-03-30 12:10 | 大阪府

大阪日本橋キリスト教会

尖頭アーチの窓が並ぶ大正末期の教会

地下鉄日本橋駅を降りて高島屋東別館へ行こうと歩いていたら黒門市場入り口の真向いに偶然見つけた。綺麗に維持されて、すがすがしい感じがする教会。設計者は解っていないが、2001年の保存修理工事の設計は教会建築を多く手掛けている、一粒社ヴォーリズ建築事務所で行われた。外観は当初の姿を大事にして復元、内部はバリヤフリー化など今後に向けての対応も行われた。なお大阪は「にっぽんばし」と読むのが正しいらしい。

所在地:大阪市中央区日本橋1-20-4
建築年:1925年(大正14) 保存修理工事2001年
構  造:鉄筋コンクリート3階建・・・ヴォーリズ建築事務所のHPによると、柱・梁がコンクリート造で、壁が煉瓦のめずらしい構造
設  計:不詳

国登録有形文化財


f0374868_18445394.jpg

普通はシャッターや鉄扉が付く処に、木の葉を繋げたオブジェのような入口の扉は優しい印象がする。


f0374868_18423267.jpg




f0374868_18432670.jpg









[PR]
by gigi-yo-ko | 2013-10-22 12:00 | 大阪府

浄土宗 心光寺本堂

これ日本のお寺なんですョ
松屋町筋の西側を急いで歩いていた時に偶然見つけました。4~5歩通り過ぎて「今のは何だった?・・・」と思って戻りました。
大正12年に火災で焼失した本堂の再建にあたり、建築家でもあった当時のご住職は燃えないという事に重きを置いて、鉄筋で建築されました。設計にあたり、檀家さんに見せてもらったインドのタジ・マハル(1983年世界遺産に登録)の写真を参考にされたそうです。内部も板の間でいす式を採用。現在のご住職によると完成当時は「とても評判がわるかった」との事。昭和20年の空襲では、右隣(南)まで燃えて、ここは類焼を免れ、左への延焼も止まったといわれています。シュロの木が建物にあまりにぴったりなので聞いてみたら、後から植えられたのだそうです。
80年以上前にこのお寺が建てられたと思うとびっくりです。微塵も和の要素が顔を出していない所がすごいと思います。

所在地:大阪市天王寺区下寺町1-3-68
建築年:1929年(昭和4)
構  造:鉄筋コンクリート平屋建
設  計:当時の住職

国登録有形文化財

f0374868_11483581.jpg




f0374868_11490984.jpg




f0374868_11494507.jpg




f0374868_12050939.jpg

多弁アーチの中央、花の上に輝石が埋めてあり、夕日にキラキラして美しかった。
いつからか台風で無くなったそうです。すぐ近くが夕陽丘という地名です。


f0374868_11503132.jpg




f0374868_12060735.jpg
右上:本堂の扉には和の建築には無かったガラスが入っています。左下:本堂入口の足元「踏んでもいいのかな」と思ってしまいます。



f0374868_11511710.jpg

山門は江戸時代から続くもので、こちらも有形文化財に登録されています。

天王寺区下寺町1丁目は南北1Km強の細長い地域に約80軒のお寺が並んでいる大阪では唯一、全国的にも珍しいエリアだそうです。この町ができた経緯は、いろんな説がありますが、豊臣秀吉が大阪城の城下町を整備するにあたり各地の寺院を移転させて、防壁代わりにしたともいわれています。


85





[PR]
by gigi-yo-ko | 2013-01-24 12:00 | 大阪府

大阪瓦斯ビル

大阪の新時代を象徴する都会的な白と黒のビル

瓦斯ビル(現在の南館)が竣工した年は御堂筋拡幅工事が本町まで進み、地下鉄が開通した年。まさに新時代の幕開けの年であり、ここはガスによるモダン生活を提唱する場所でもありました。ガス器具のショールーム、600人収容する講演場、料理教室、理・美容室、和食堂、洋食堂等、商業ビルのような要素が盛り込まれていました。現在もガスビル食堂は洋食堂の草分けであった開業時と同じ最上階にあります。
設計は歴史的建築様式こだわらずに「自由様式」謳い、個性的な建築を残している安井武雄。堺筋の高麗橋野村ビルディングと同じ設計者と思えないほど印象が違います。でも、もう少しゆっくり眺めて見ると水平線を強調してゆったりした大船のような構えはとてもよく似ていることに気が付きます。
戦時中は白いタイルにコールタールで迷彩塗装して空襲を避けたそうです。
北館は35年後の昭和41年に、後任の佐野正一によって増築されました。

所在地::大阪市中央区平野町4-1-2
建築年:1933年(昭和8)
構  造:鉄筋コンクリート8階建・地下2階
設  計:安井武雄建築事務所


f0374868_10584531.jpg



f0374868_10575734.jpg

左が先に建った南館、右が後年増築の北館、最上階を見るとよくわかりますが柱の間隔が違います。
ひとつのビルのように思っていましたが、北館の方が柱間隔が広くてゆったりした設計になっています。
軒高は100尺規制で(31m)。


f0374868_11504447.jpg

反対側、右が南館左が北館。


f0374868_10584437.jpg


f0374868_10584403.jpg


f0374868_10584403.jpg

外壁1.2階は黒花崗岩貼り、3階以上は白黄色半磁器タイル、軒先は鼠磁タイル、2階の連続サッシはドイツ製ステンレスチールを使用


f0374868_10584675.jpg

道路ら地下に採光するためのデッキグラス(ガラスブロック)を最初に窓に使ったのは安井武雄。
視線をさえぎぎりつつ、やわらかい光を取り入れる今まで感じた事のない快適さが好評だったとか。



f0374868_10584450.jpg

道路から地下に採光するにデッキグラス


f0374868_10584570.jpg



f0374868_10322838.jpg

2012.11 2013.1 撮影








[PR]
by gigi-yo-ko | 2013-01-19 12:00 | 大阪府