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カテゴリ:兵庫県( 27 )

消防旧高砂分署

地域の消防署として利用された建物を展示施設に
旧高砂町時代に高砂消防会館として建てられ、約80年間地域の消防拠点として利用された建物は老朽化していた。これを改修保存して建築当初の姿に近づけた。県の歴史的景観地区にあり、今年(2016)4月から消防の歴史を伝える展示施設として土日は開放されている。
元車庫であった所には大正時代の手動消化ポンプが展示され、左手の平屋部分にはかってあった「旧南本町巡査派出所」の表札がかけられた。
この派出所はアールデコを意識した、ギザギザのモダンな意匠が斬新だったと思う。

所在地:高砂市高砂町南本町
建築年:1935年(昭和10)
構 造:鉄筋コンクリート造2階建
設 計:

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№345



by gigi-yo-ko | 2016-11-09 12:00 | 兵庫県

鐘淵紡績高砂工場の迎賓館として建てられた
明治11年創業の鐘淵紡績が社内外のゲストの接待や宿泊用に建設された建物。高砂は鐘紡と三菱製紙で大きく発展した街であるが、鐘紡は繊維不況の昭和期に撤退した。鐘紡の化学部門を引継いだ(株)カネカが後を運営している。海を埋め立てた広大な工場群はすべてカネカの工場である。
現在この建物は(株)カネカの社員の福利厚生施設として使われているので、内部は非公開。半円形に突き出たの2か所の階段室が特徴で大きなステンドグラスが目を引く。横に長く左右に2棟ある建物を中央で繋いだような形になって入口もそれぞれにある。おそらく用途分けして使われていたのだろう。建物の「出汐館」の名称は謡曲「高砂」の一部から引用されている。

所在地:高砂市西畑1
建築年:1999年(昭和11)
構 造:鉄筋コンクリート2階建て  
設 計:

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高砂には年に一度9月に歴史的建造物をライトアップするイベントがある。



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左側には寄棟瓦屋根の玄関ポーチがあり、右側にはモダンなアールデコ風のポーチを持つ入口がある。



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№336




by gigi-yo-ko | 2016-11-06 12:00 | 兵庫県

地元の竜山石や御影石が使われた元銀行建築
現在は商工会議所として使われているが、かつて工業都市として大きく発展し続けた高砂経済の中心的存在であった旧高砂銀行の本店として建てられた。
当時の銀行建築の典型的なスタイルであるが、地方銀行の店舗としては非常に豪華な造りであった。現在外観は綺麗に塗装されてわかりにくくなってしまったが基壇の部分には地元の竜山石が使われているとか。
内部は2階の天井に当時の様子が残されている。この装飾のも豪華で、当初は吹き抜けの天井を1階から見上げていたと思われる。

所在地:高砂市高砂町北本町1104
建築年:1937年(昭和12)
構  造:鉄筋コンクリート造
設  計:
兵庫県景観形成重要造形物


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№333






by gigi-yo-ko | 2016-10-16 12:00 | 兵庫県

魚町倶楽部

技術指導に招いたアメリカ人技師の住居として
(旧称)神戸製紙所高砂工場内にアメリカ人技師M.J.シェイ氏の住居として建てられた明治の木造洋館。
神戸製紙所は明治31年創立のアメリカ人が経営する会社であったが、旧三菱財閥の岩崎久弥氏が譲り受け、社名も三菱製紙所と変わった。もとは神戸にあったが水不足のため、技術指導に来たシェイ氏の推奨により、水の豊富な高砂に移転した。
シェイ氏退職のあとは当地(工場から少し離れた街なか)に移築され、最初は職員専用の倶楽部、大掛りな修繕を経て現在は三菱製紙株式会社の福利厚生施設として使われ、会社の歴史を語る建物として大切にされている。
内部は時期毎に変ってきた用途に応じて改造されているが、階段廻りやベランダ、暖炉などに建設当時の様子、明治の洋館らしさ見る事ができる。

所在地:高砂市高砂町魚町551
建築年:1904年(明治37)
構  造:木造2階建
設  計:


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右側は後年の増築と思われる。本館とは少し仕様が違う。
この妻面が下の写真でハーフティンバー風(柱などの構造材を見せて装飾を兼ねている)


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明治期の洋館はここでも例外ではなく、やはり和館と繋がれている。(奥に和館が見える)



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煉瓦の基礎


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珍しい内折れ戸の玄関ドア。


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玄関の横には直接バルコニーに出られるドアがある。無くても何も問題はないようなドアであるが、
生活を楽しむ工夫というかこの時期のゆとりというか・・・


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1階の暖炉


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サンルームの内外


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2階の暖炉にはイギリス風のタイルがあしらわれている。


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この建物のシンボルである3つ穴の煉瓦の煙突。


№332















by gigi-yo-ko | 2016-10-09 12:00 | 兵庫県

阪神間郊外住宅の先駆け
朝日新聞社の創業者である村山龍平(むらやまりょうへい)が御影に構えた居宅であった。まだ大阪では職住近接が一般的であった時期に仕事場と住居を別にする郊外住宅の先駆けとなった。
これをきっかけに、大阪、神戸の富豪達が次々に御影に数千坪単位の広大な土地を求めて移り住み、長者住宅が立ち並ぶ郊外住宅地となった。
村山は東洋の古美術のコレクターでもあった事から、現在はその膨大な蒐集物を収蔵、展示する香雪美術館として庭園、建造物文化財と共に管理されている。
自然の地形をそのまま生かした数千坪に及ぶ庭園には洋館の他に和館の玄関棟、書院等、茶室棟、美術蔵、衣装蔵、などがあり、いづれも近代和風建築の質の高いものであり村山の趣味、教養を偲ばせる素晴らしいものである。村山は一番最初に洋館を建て、ここで暮らしながら自身の趣向を取り入て順次に和館を建てた。
「香雪」は茶人であった村山の雅号に由来している。

所在地:神戸市東灘区御影群家2-12-1
建築年:1909年(明治42)
構  造:地下・1階が煉瓦造 2階が木造
設  計:河合幾次(伊東忠太らと同期)
国重要文化財 (土地、建物とも)


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永遠に続くように見える御影塀。(ごろごろとした御影石を積み上げたこの地独特のもの)




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煙突がこの館の装飾性をさらに高めている。曲線のハーフティンバーが優雅で豪華。


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by gigi-yo-ko | 2016-10-02 12:00 | 兵庫県

神戸で最初期の洋風建築が解体へ
子供服メーカーのファミリアが所有して展示会やコンサート会場などに使っていた、明治時代の洋風建築が売却され、この(2016年)7月中頃から解体工事が始まるという。跡地はタワーマンションが建設され、外観の一部を復元保存の検討がされているとか。
元銀行(三菱合資会社銀行部の中核)として建設されたこの建物はルネサンス様式が特徴で、石積みの重厚な外観は悠然としている。写真などを見て想像していたよりずっとスケールが大きい。神戸での本格的な洋風建築の先駆け的存在でもあり神戸市の景観形成建築物に指定されている。設計者・曽禰達蔵の現存最古の建物でもある。今回が内部を見学できる最後の機会だと知り、数十年ぶりにJR神戸駅で降りた。
神戸新聞NEXT 掲載の川島先生(京都華頂大教授)の話によると、ホールは居留地返還直後の完成で、全国でも有数の格調高い建物だ。港街の神戸が東京、大阪に次ぐ大都市に急成長していった。この界隈が金融街で栄えたという〝まちの勢い”を体現する建物はもう他にはない。歴史を後世につなぐ意味でも必要で、重要文化財として残す方法も考えられたのではないか。

所在地:神戸市中央区相生町1-1-21
建築年:1900年(明治33)  1932年(昭和7)1階ホール部分を改修
構  造:煉瓦造3階建
設  計:曽禰達蔵
景観形成重要建造物
近代化産業遺産

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東に正面玄関

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北側

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東向き正面の玄関


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今日は照明の設備は無いのに天窓があるのでこんなに明るい。


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これは金庫内に通気する為のドア

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建物の重厚さに対して不釣り合いに見える華奢な階段


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分厚い壁の奥はトイレのドア


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元はこの建物を本社として使っていた。奥に見える現在のファミリア本社はすでに売却され、三宮方面に移転。


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館内の説明パネル


№320




 

by gigi-yo-ko | 2016-07-03 12:00 | 兵庫県

内部はセセッションと数寄屋が融合
従来の和洋並列住宅は異質な洋と和を並べ繋いだだけの物であったが、この住宅は当時のヨーロッパで最新デザインであったセセッションと和の伝統様式である数寄屋を融合したようなスタイルである。和室と洋室のデザイン的な関連性もあり、住宅全体が一つのスタイルにまとめられている。

2回目は内部を1階の客室・食堂から

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1201605010_5暖炉のタイルは当初からの物でイギリス製



19shibakawa床は当時の最先端素材のリノリュームが貼られていた。現在はよく似た現行品を貼ってある。


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23shibakawa数寄屋とセセッションの融合


24shibakawaハート型は和室の手摺りにも使われている。


25shibakawa洋室ではドア周りの左右非対称のデザインはめずらしい。和風建築からの発想かと思う。右手の照明器具と同じデザインのものがサイズは違うが和室にも吊られていて、和室では和風に見えるし、洋室では洋風に見える。

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27shibakawa金色の渦巻き模様の壁の階段室。初めて見た金色の空間には瞬間は驚いたが、中にずっといると不思議な程落ち着く。セセッション風の階段木部と違和感がない理由は、「金色の壁は日本の伝統様式にもあり、和洋いずれの様式としてもありうるもの」足立先生の記事では解説されている。


28shibakawa渦巻模様は木で円形のコテを作り、ボランティアによる手作業で一つづつ模様を作られたと聞く。


29shibakawa階段は建築当初からのものと聞いたが、踊り場の巾木(壁と床の境)が曲線になっているのも独創的でモダン。


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32shibakawa_2網代、葦簾、格子、3種類の天井が見える。



33shibakawa2階十畳座敷


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38shibakawa普通の押入れに見えるが。

39shibakawa暖炉が組込まれている。


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42shibakawa井桁に組まれた手摺りは武田五一のひねり。


43shibakawa_2階段室の和室側は柱が見えた真壁風。



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45shibakawa階段室から左の大寝室へ入る。右は廊下の先が小寝室、いづれもコルク敷きの床。



46shibakawa2階大寝室


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52shibakawa今でも使いたいようなデザインのコルクをダイヤ柄に貼った床は現地に有ったものを忠実に再原してある。


53shibakawa2階のトイレ  明治村の建築担当の説明によると、便器は移築前と似たものを外国から取り寄せて復原したという。(どこの国か聞き漏らしてしまったが)

54shibakawa2階 4畳半の和室  写真では表現できていないが天井が高い

55shibakawa2方向に縁側と云うより大型の出窓と云うべきかも知れないが、これがあるので4畳半といっても8畳程の広さがある。その上、外の景色も取り込むのでとても広い。


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58shibakawaゆるい波線がどこまでも続き「ふわー」と気持ちがゆるむ。


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61shibakawa座敷を通して階段室までを望む。



№319-2


by gigi-yo-ko | 2016-06-26 12:00 | 兵庫県

阪神間モダニズムの郊外住宅の姿を復原
明治村において、この建物は随分新しい印象を受ける。理由は明治44年竣工の後、何度か増改築がなされているが、昭和2年和館増築の時期にあわせて、この洋館は外観などが大きく変更された。建築当初は、施主が「洋館を依頼したのに畳がリノリュームに替わっただけでまるで洋館らしいところはない」と言葉を残しているように、和の中に洋があしらわれた意匠であった。外壁は杉皮貼り、1階大改修が行われホールは聚楽壁、網代と葦簾の市松天井。
復原の方針は震災直前の姿(昭和初頭の改装時の姿)に。ただしベランダはガラスが建て込まれていたが、当初の吹きさらし状態に戻されたが、外壁は杉皮ではなく被災直前の渦巻き模様のドイツ壁風にされた。トイレ、浴室などは改修が著しい箇所であり参考復原とされた。
解体、採寸、調査、復原、に於いては、竹中工務店、名古屋の魚津工務店の採算を度外視した尽力やボランティア、学生など多くの人の協力によって、解体後12年を経て当時のオーナー芝川又彦氏の希望であった明治村へ移築復元された。以上「建築史学」題50号・神戸大学足立先生執筆の記事、博物館明治村のHPの解説等を参考

所在地:犬山市内山1番地博物館明治村3丁目68 (旧所在地:兵庫県西宮市上甲東園2丁目)
建築年:1911年(明治44)・・・移築竣工:2007年(平成19)
構  造:木造2階建
設  計:武田五一
国登録有形文化財(移築後)


1回目は外観とベランダ

01shibakawa移築は、西宮に建っていた時の地形に近い場所(崖地))が選ばれた。

02shibakawa昭和2年の大改修時には、杉皮貼りの外壁はスパニッシュ風な壁に変更された。関東大震災では、木造建築が火災で大きな被害を受けたことから、外壁にスパニッシュ風な壁を用いることが、特に関西では大流行した。

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05shibakawaベランダのスラブ(床)には崖地という悪条件を考慮して、当時画期的な鉄筋コンクリートが採用されていた。

06shibakawa移築前は、ベランダにガラスが建て込まれていた。崖地の上の開放的なベランダは、この住宅の原点と解釈して震災直前の姿に復原するという方針から外れるが、吹きさらしに戻された。

07shibakawa右の端は和室、外から見ると出窓風の縁側を支える持ち送りのデザイン(フリルのような曲線とハートの穴)など、とても和室とは思えないが。

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00shibakawaかわいいハートのカットワークが施された和室の外観



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11shibakawa玄関はベランダのフランス窓(古典様式で云う直接出入りできる窓)と並列でデザインされている。玄関ホールは次回アップするが金色の渦巻き模様の壁。ベランダの外壁はブロンズ色の渦巻き模様。



12shibakawa芝川の川をデザインしたのかと思うが逆台形のカットワーク、矢羽根のような欄間はセセッションを意識している。

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施主:芝川又右衛門
先代が大阪伏見町に唐物商(輸入業)百足屋(むかでや)を興し、明治13年の徳丸長者鑑(とくまるちょうじゃかがみ)に三井・住友などと共に名を連ねた豪商の一人。
明治29年に兵庫県西宮市、甲山の東に果樹園を拓き「甲東園」と名付けた。大正10年には現在の阪急電車今津線が開通していたが、「甲東園」の近くには停車場が無く、芝川又右衛門は阪急に「駅」の設置を依頼し、設置費用と周辺の土地一万坪を提供した。「甲東園」という駅名、地名の由来でもある。
明治44年に郊外の別邸として建てられたこの住宅は、さらに日本庭園や茶室を備え関西財界人の社交場となった。
隠居後はここを本宅として震災前まで芝川家が暮らしていた。
武田五一は終生芝川家と深い関わりを持ち続け創建時、増改築、家具類の設計図が残され、芝川家が継続する会社に保管されている。


by gigi-yo-ko | 2016-06-19 12:00 | 兵庫県

大井牛肉店 [明治村]

神戸の牛肉店が明治村で営業中
横浜、長崎についで、1867年(慶応3)神戸が開港した。外国人居留地には外国人向けの住宅が次々と建てられ、外国人相手の商売が興った。入港する外国船や神戸に暮らす外国人に牛肉を納める者達も出てきた。その一人岸田伊之助が牛肉の販売と牛鍋の店として建てた店舗。
外国人の商館が建ち並ぶ新しい街ふさわしい洋風の建物で、ギリシャ・ローマ建築様式のコリント式の柱、2階ベランダにはルネサンス期に流行したとっくり型手摺子、半円アーチ窓などが西洋館らしい華やかさを演出している。が・・・玄関の庇は和風でむくり破風、今にも飛び立ちそうな鶴が飾られているのがほほえましい。工法も従来からの和式の技法で建てられている。
これまで日本では、獣の肉は嫌われていたが、牛肉を食べることは、文明開化時代の食生活として、またたくまに全国にひろがったといわれる。(大井牛肉店は神戸元町本店をはじめ数店舗で現在も営業されている。)以上は博物館明治村HPなどを参考

所在地:犬山市内山1番地博物館明治村1丁目1番地2  (旧所在地:神戸市生田区元町7丁目20番地)
建築年:1887年(明治20)頃
構  造:木造2階建
設  計:

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どう見ても柱が短くてバランスが悪い。 牛鍋の箸袋の解説には、外国人の商館をかたどった洋風建築と書いてあるが、同じ頃の建築でやはり神戸の外国人商館をモデルに建てられたという辰馬喜十郎邸(西宮市に現存)とどことは無く似ている。


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最近見た事がないほどの急勾配の階段を上がると、2階に板張りの洋間が4つあり、ここで牛鍋(すき焼き)をいただく。


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洋間ではあるが、もちろん椅子ではなく座布団を敷いて床に座って。
・・・これがおいしい!・・・

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by gigi-yo-ko | 2016-06-12 12:00 | 兵庫県

図書館と並んで、かつての紡績工場は新しい洲本のシンボル
明治期に紡績の街として栄えた洲本市の歴史的な街並みを残しながら、地場産業の振興や新しい産業の創造と工芸やアートを紹介する事を目的とした複合的な商業施設で、カフェ、ギャラリー、レストランなどが入居している。
100年程の時間が創った味わい深い煉瓦の外壁をいかして、内部のモダンな建物と対比が新鮮な感じ。

所在地:洲本市塩屋1-1-8
竣 工:1909年(明治42)
構  造:煉瓦造
設  計:横河工務所
施  工:竹中工務店
近代化産業遺産

1artisan

2artisanパッチワークのようなおもしろさであるが、新しい材料では出せない持ち味。

3artisan

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5artisan

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7artisan

8artisan保存再生された煉瓦の建物が囲む公園【洲本市民広場】からの様子。


№315


by gigi-yo-ko | 2016-05-22 12:00 | 兵庫県