立花伯爵家の迎賓館として建てられた白亜の西洋館

柳川藩5代目藩主立花貞淑(さだよし)はこの地に別邸を設けた。このあたりは江戸時代から「御花畠」呼ばれていたことから柳川の人達は「御花」と呼ぶようになる。
明治になると、立花伯爵家の邸宅になり、14代目当主寛治(ともはる)によって迎賓館としての西洋館とこれに繋がる和館の大広間、座敷からの眺望を楽しむ庭園も整備された。
西洋館建設当時はすでに自家発電所が設けられ、シャンデリアや電気器具が使われていた。ランプシェードや家具類など昔のまま今に伝わるものが多く残されている。
戦後、華族制度廃止により立花家ではこの屋敷を手放さなければならない状況にあった時、16代目当主立花和雄はここを料亭旅館「御花」とすることによって先祖から伝わる名建築を後世に残す事にした。
昭和53年には、西半分の「松濤園」が国の名勝に指定され、平成23年には7000坪ある御花の敷地全体が「立花氏庭園」として改めて国の名勝に指定された。西洋館はこの庭園の一部分であり、庭園目当ての来訪客が圧倒的に多く、意外に西洋館は知られていない。ここではあえて西洋館に的を絞り外観とインテリア2回に分けて。

所在地:柳川市新外町1番地
竣 工:1907年(明治40)
構  造:木造2階建
設  計:西原吉治郎

 

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車寄せの上に2階部分が張り出した特徴のある外観。


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西玄関


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和館の大広間から西洋館を見る。


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中庭を持つ回廊式の邸宅で和館に繋がる。


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西洋館、和館と共に整備された庭園「松濤園」


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門の左手には煉瓦塀が残っている。

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夕食 (平日限定プランの海老抜き) デザートは草餅だった。


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敷地外周には堀が廻る。昨夜の台風をかかえた大雨で、水位が上がっている。


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朝食(炭酸水の湯豆腐など品数が多くてびっくり!デザートはヨーグルト) 


注:西洋館・和館の大広間共、土日は結婚式、会合などで使われていると見学できない場合がある。
 





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by gigi-yo-ko | 2015-07-26 10:50 | 福岡県

南国ムードの木造
箱崎キャンパス北の端に残る数少ない木造の建物。鮮やかなオレンジ色の屋根であるが、鬼瓦を持つ和瓦で葺いてある。ピンクの下見板張りで縦長の上げ下げ窓、石階段2段上がった玄関ポーチは材木を米の字型に組んで板目も縦横に貼り分け凝ったデザインが施されている。コロニアルスタイルの建物で南国の農場事務所をイメージしてあるのだと思う。(平面構成も典型的なな中廊下式だという)これも大学の歴史を刻む特徴のある建物のひとつであるが3年後には農学部も西区へ移転が決まっている。その後建物はどうなるのだろう。2012年に行われた「九州大学箱崎キャンパスにおける近代建築物の調査」では、「耐震性、耐久性は不明であるが、外観からは、劣化は見られない。木造であるため、耐火性能はない。」と判断されている。移築という手段でも残せないものかと、私は勝手に願っているのだが・・・。

所在地:福岡市東区箱崎6丁目
竣 工:1931年(昭和6)
構  造:木造平屋建
設  計:渡辺善一


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けらば(妻面における軒先をいうのでここでは前後の2階の屋根の下)に2本1組の方杖が並んで、この建物の個性となっている。


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農学部庭園 1932年(昭和7) 左:この頃流行したと聞くスペイン瓦が使われている。 右:床にモザイクタイルが貼ってある。



参考図書 「平成17年度九州大学箱崎キャンパス内歴史的資源の現況調査成果報告書」


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by gigi-yo-ko | 2015-06-28 12:00 | 福岡県

うす汚れた廃墟のように見える、が・・・
張り出した庇と窓下のラインで水平線を強調した当時先端のモダニズム建物であったと思われる。
戦時中に空襲をさけて、迷彩塗装をした跡をそのままにして、暗い印象として残っている。なぜこのままで「人生の大切な一時期を過ごす学び舎」として使っていたのか疑問である。逆に戦争を知らない子供達に戦争の記憶として残すためにあえて消さなかったのか。もしくは「使えれば良い」という合理的な気風からか。当時迷彩塗装をしたという建物は、話ではこれまでにも何度か聞いたが、今現実に見るのは九大がはじめてで本当に驚いた。
竣工直後のモノクロ写真を九州大学大学文書館(Web)で見る事ができるが、形は今も変わっていない。外壁の汚れたような塗装はもちろん無く、おそらく白系一色の明快な建物であった。
正面の写真しか撮っていないので解りにくいが後に中庭がある「コ」の字型をした建物で、1階から3階まで突き抜けた階段室が塔屋に繋がる。特徴的な塔屋は管制塔を意識した意匠であるといわれている。箱崎は福岡空港に近いので引切り無しに飛行機の轟音が頭の上で轟き、本当に管制塔に見えてくる。2007年に工学部は西区へ移転し、現在閉鎖されている。

所在地:福岡市東区箱崎6丁目
竣 工:1939年(昭和14)
構  造:鉄筋コンクリート造6階建(塔屋の3階を含む)
設  計:島岡春太郎・坪井善勝
近代化産業遺産


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窓は3連を一組にした上げ下げ窓

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by gigi-yo-ko | 2015-06-24 12:00 | 福岡県

かまぼこ型屋根のファサード
筒を半分に切ったような屋根は青緑色で(横からの写真を撮り忘れた)銅版葺きのように見える。この塔屋は屋上への出口で、おそらくアーチ型の窓の中は階段室。旧法文学部本館と設計者、竣工時期、とも同じだが、外観の印象はまるで違う。しかし、細部を注意深く観察すると共通点が多い。
大正末~昭和初期の建物に時々見かける2列に並んだ渦巻模様が前者でも、ここでも見られる。渦巻柄自体はたいそう古くから宇宙とか生命を意味する模様らしく、世界各地に存在するようだが、大正期末の洋風建物に使われる2列×4個・5個の渦巻きはやはり古典からモダンへ移行期においてモダンを表現するツールだったのだろうか。この建物のファサードの第一印象は未来形そのもの。

所在地:福岡市東区箱崎6丁目
竣 工:1925年(大正14)
構  造:鉄筋コンクリート造2階建て(書籍庫部分4階建)・・・1階が半地下のようになっている
設  計:倉田謙(九州帝国大学建築課長)



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表札は変わっていないが、食堂としての営業は既に終了している。



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レリーフを拡大してみると2列の渦巻きの中央に花が並んでいる。



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後側は正面とくらべて、古風なデザインの階段




大阪市中央区 船場ビルディング内部の渦巻模様 同じ大正14年に竣工・・・この時期の特徴的な模様

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by gigi-yo-ko | 2015-06-21 12:00 | 福岡県

窓廻りや上部のタイルの貼り分けで華やぎがある
すでに閉鎖されて立ち入り禁止の建物であるが、いい建物だと思う。モダンへ向かう途中の時期で、装飾は抑えてあるが、窓廻りや玄関周りは凝った意匠で丁寧に造られている。全体に黒ずんで見えるのは汚れではなく戦時中に迷彩塗装をされた名残りなんだそう。迷彩塗装をした建物の話は今までも何度か聞いたが、このようにして70年後にまだ残っているのは初めて見て驚いた。なぜこのままで使用していたのかよく解らない。一番高い所の明るい色の部分は上からペンキを塗ってあるように見える。タイルの風合いが解らなくなるので中止したのか、何かの事情でこのままになったのか。 
もう一つ建物の意匠に重要な役割をしているのは綺麗に並んだ通気口の装飾グリル。普通に考えると、学問の神様と呼ばれる「ふくろう」。私には「たぬき」に見えてしょうがないのだが、何を図案化したのかは説明や記録はないらしい。気になるので画像検索してみたら、「ふくろう」と「たぬき」は平面で見るとやはり似ている。「ふくろう」は歴代の建築物には時々登場するが「たぬき」は聞いたことが無いな~。

所在地:福岡市東区箱崎6丁目
竣 工:1927年(昭和2)
構  造:鉄筋コンクリート造4階建
設  計:倉田謙・小原節三
近代化産業遺産

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福岡空港に近いので飛行機が次々飛んでくる。



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この建物では唯一の飾りといえる通気口のグリル。やっぱりくちばしがあるので「ふくろう」かな。



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建物の背面


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by gigi-yo-ko | 2015-06-14 12:00 | 福岡県

九州大学のシンボルのような建物
中央に展望台がそびえ、左右に半円型の塔を持つ左右対称形の力強い建物で、とにかく大きくてひときわ目立つ。大きさも箱崎キャンパスで一番ではないかと思う。九州帝国大学の建築課長であった、倉田謙の設計。
九州大学工学部本館として一般にもよく知られた建物であるらしいが、工学部はすでに西区へ移転を完了した。現在は九州大学総合研究博物館などが入居し、3階に展示室がある。
4階中央の第2会議室は、当時の様子をそのまま維持されて、改めて帝国大学時代の格式と歴史を感じる。
スクラッチタイルで覆われた建物はよく見ると雨樋の頭にライオンが睨みを利かせている。入口のエントランスには両側に鷲が居る。

所在地:福岡市東区箱崎6丁目
竣 工:1930年(昭和5)
構  造:鉄筋コンクリート造・一部鉄骨鉄筋コンクリート造5階建 地下1階
設  計:倉田謙 (九州大学の多くの建物を残している。門司区役所も設計。)
近代化産業遺産


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側面の中央



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見る方向によってはガラッと印象が変わる。



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エントランス両側にやさしい顔の鷲



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ドアのガラスは特徴的な3階の窓の形と同じ


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4階中央第2会議室



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木・火・土・金・水の五行を工科に属する原始的人物として、これを各種の職人で表現してある。五行が調和して産業の発達がある。
との意味をこめて描かれた洋画家青山熊治による巨大な油絵。
縦257㎝×横572.3㎝ 昭和7年に作品をほぼ完成させて青山熊治は急逝。
壁に固定されていて、2007年工学部移転時に移せず今はここに在る。 


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議長席には特別な椅子


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特徴あるデザインの机など、調度品は最初からのものか未確認。




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足元からの暖房?


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2層の展望台


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by gigi-yo-ko | 2015-06-10 12:00 | 福岡県

アーチ型の庇が連なる塔屋と丸太を組んだような基壇

正門から左手によく見えて、何かしら気になる建物だった。
耐震性不足で、現在立ち入り禁止になっているが、近づいてよく見ると細やかな装飾が施されて味わい深い建物だと思う。独創的な意匠で一度見たら忘れられないような強烈な印象もある。外からでは解りにくいが「ロ」の字型の建物で正面側が先に建ち、後側が1年遅れて竣工した。
2012年に行われた「九州大学箱崎キャンパスにおける近代建築物の調査」では「老朽化が著しく寿命に達している」と判断されているようだが、消えてしまうには惜しい・・・。
遠くからはおびただしい数のダクトばかりが見えるが、これは後の用途変更で付けられたもの。

所在地:福岡市東区箱崎6丁目
竣 工:前面1925年(大正14) 後面1926年(大正15)
構  造:鉄筋コンクリート造4階建・一部鉄骨鉄筋コンクリート造
設  計:倉田謙(九州帝国大学建築課長)


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正門から見えるこの姿は一時期までは、九州大学の顔であった。



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1階が半地下になっていて2階が玄関になっている。円柱6本で庇を支える玄関ポーチは古典建築のようでいて装飾は無くモダニズム風。
大正末期の建物の特徴かも知れない。



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九州大学大学文書館(web) の昭和3年の写真を見ると、柱のキズは球型を複数組合せた照明器具が付いていた跡。
左右の2本ずつの柱に渡した大型の物。ここ以外の外観はほとんど変わっていない。



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2階の中程まである基壇は丸太を組んだようにも見えるし、座布団を重ねたようにも見える。





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何の変哲もない外壁に見えるが、よくみるとタイルの装飾がある。



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上から3列タイルの装飾があるモルタルの白っぽい壁に白いタイルと水色の渦巻柄のモザイクタイルで完成した時は綺麗だったと思う。
ここは繊細なスチールのサッシも残っている。無くなって惜しい物の一つにスチールサッシ。



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構造的なものではなく、デザインとしての基壇であるが、これが2階の玄関を安定して見せる。



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by gigi-yo-ko | 2015-06-07 12:00 | 福岡県

箱崎キャンパスの中でも圧巻、100年を超えた正門
福岡市東区箱崎6丁目にある九州大学箱崎キャンパスは平成17年から始まった移転事業が今、大詰めにさしかかっている。平成31年には、西区への移転を完了する予定。箱崎キャンパスには大学の歴史を凝縮したように大正~昭和初期の名建築が何棟も残されている。移転の後これらの建物群はどうなるのだろう。
箱崎キャンパスは明治44年九州帝国大学工科大学の設置に伴い開設された。正門の建築時期は定かではないが、キャンパス開設時に造られたものと考えられていた。しかしキャンパス整備には数年かかり、完成したのは正門門衛所と同じ頃との考えが有力のよう。なんとも堂々として風格が漂よう煉瓦造の門である。当初は敷地の関係でもっと右向きに建っていたと聞く。
正門の右手に門衛所があるが、樹木が茂って全容が見えない。L型をした小型の建物で切り妻と寄棟を組合わせた屋根にはドーマ窓もあるらしい。こちらは当初、正門の左手に建っていた。法文学部新設時にキャンパスが拡張されて門の位置が変わり、門衛所は180度回転して右側に移築された。

所在地:福岡市東区箱崎6-10-1
建築年:正門・不詳(大正3年頃までに完成したと判断されている)  正門門衛所・1914年(大正3)
構  造:煉瓦造
設  計:不詳

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扉は戦時中に金属供出をしたので、今は味気ない柵のようになっているが、古い写真を見ると唐草模様風の重厚な素晴らしいものだった。
照明器具の足もとに少し面影がある。




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東京駅復元で話題になった覆輪目地(ふくわめじ・かまぼこ型に盛り上がった目地)がここでも使われている。
なまこ壁の目地に端を発する日本独特の技法で大変手間がかかり、大正時代に廃れてしまった。


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こんなに華奢で、よく壊れずに居てくれたと思う。


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L型の建物で、当初は左側を外に向けていた。



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庇とドアは取替えられているが、持ち送りは最初からの物かもわからない。


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道路側へ廻ると、かすかに屋根窓が2つ見える。



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by gigi-yo-ko | 2015-06-03 12:00 | 福岡県