旧大阪工廠化学分析所

大阪城の片隅に赤煉瓦の建物
第二次世界大戦でほとんど全部焼け、後に整備されたので、この建物以外には面影はないが、当時大阪城一帯(現在のOBP・大阪ビジネスパーク)はアジア最大の軍事工場。ここでは火砲が作られ、兵器の研究開発が行われていた。
ダイキン工業(旧大阪金属工業所)の創業者山田晁はここで技術を習得後、事業を興したひとり。他にも多くの工場開業者がここから次々に独立し機械工業の町がひろがった。
横に長く安定した印象のネオルネッサンス様式。4面どこから見ても完成度の高い建物である。大阪に残る数少ない煉瓦造の建物であり、戦争の遺構である。
昭和39年~平成10年まで自衛隊が使用し、その後が空き家。窓はベニヤ板で塞がれて、蔦が絡み、春には草が芽吹いてちょっと悲しい。傷みが激しく放置されたままで、まるで廃墟ようで心配。

所在地:大阪市中央区大阪城3-3
建築年:1919年(大正8)
構  造:煉瓦造2階建て・地下1階
設  計:置塩章(後に兵庫県会議事堂などを手掛けた)



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堀の外側の陸橋から見る

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幾何学の装飾でセセッション風


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正面側にアーチの入り口


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2012.2 撮影 2015.4 一部写真入替
№7







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by gigi-yo-ko | 2012-03-02 12:00 | 大阪府