西本願寺伝道院

東洋と西洋の建築、始発点は同じだという挑戦
京都の中心部、仏具店が軒を連ねる門前町に一風変わった建物が見えてくる。伊東忠太の設計による、真宗信徒生命保険の本館として建てられたもの。
伊東忠太は法隆寺とパルテノン神殿は始発点は同じ兄弟であるという「法隆寺建築論」を明治26年に建築雑誌に発表した。パルテノン神殿は木造が起源である事は今定説になっているが、日本の伝統的な木造建築も石造(煉瓦造)に進化できるはずだと考えた。同じような考えを持つ門主・大谷光瑞の支持を得て実験したのがこの建物だという。随所に見られる木造を石造に置き換えたような造りはこの結果である。
伊東忠太は1902年(明治35)から3年かけてアジア欧米を行脚し各地の建築物を研究し、20世紀はじめに大谷光瑞は仏教伝来の道筋を探るべくアジア各地へ探検隊(大谷探検隊)を3回派遣した。お互いに広い視野から日本文化を見つめた両者によってこの建物は完成した。
伊東の仮説は正かったとは言い難いがのちの近代建築の発展に大きく貢献した。

所在地:京都市下京区
建築年:1912年(明治45)  保存再生工事:2011年(平成23)
構 造:煉瓦造3階建
設 計:伊東忠太
重要文化財



f0374868_16593005.jpg


f0374868_16595544.jpg


f0374868_17001607.jpg


f0374868_17004156.jpg
石、煉瓦、タイル、テラコッタ、木材、ガラス、あらゆる材料を調和させてある。


f0374868_18011148.jpg

煉瓦と石の外壁は19世紀の英国風のようでもあるがその上にはイスラム風の玉ねぎ型のドーム。



f0374868_17040150.jpg


f0374868_17041485.jpg


f0374868_17044920.jpg


f0374868_17050493.jpg
伊東忠太は細部に凝る人。見れば見るほど発見がありおもしろい。


f0374868_17053285.jpg
建物を守る怪獣達はみんな羽根が付いていてどことなくカワユイ。


f0374868_17054816.jpg



f0374868_17060465.jpg


f0374868_17061896.jpg


f0374868_17065494.jpg


f0374868_17071097.jpg


f0374868_17072784.jpg



f0374868_17074648.jpg


f0374868_17093169.jpg


f0374868_17095021.jpg


f0374868_17101164.jpg


f0374868_17105216.jpg
この日は内部も公開されたが、館内撮影は禁止。


f0374868_17111379.jpg


f0374868_17112888.jpg


f0374868_17115057.jpg


f0374868_17120647.jpg


f0374868_17132619.jpg


№335



[PR]
by gigi-yo-ko | 2016-10-30 12:00 | 京都府